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今年の10月10日は大津祭りの本祭りだ、とCさんから聞いたので行って見た。 10時ごろ、JR大津駅で下車する。 「コンコンチキチン」の音が聞こえ、早速子供たちに人気の「おおつ 光ル」君の出迎えを受けた。 多くの人々の列の流れに従って、中央通りを北に数分歩くと天孫神社のある百石通りに出た。 大津祭りは、天孫神社の祭礼だ。各町内の曳山が順に天孫神社の鳥居前で留まり、 神主に町名を名乗り、からくりを演じて奉納していた。 この後、町内を巡幸に行った。前の通りを、曳山が巡幸する古い民家では、二階に毛氈や幕を垂らし、 部屋の中は、屏風などを立てている。そこに客を呼んで、そこから曳山を見物するのだ。 曳山は曳山元祖の「西行桜狸山」を先頭に神社氏子町内の13台ある。 曳山は中国の故事や能・狂言から題材にした「からくり」備え、豪華な織物の幕、意匠を凝らした彫刻・ 金具、天井画で飾り付けられている。特に幕類には16世紀ベルギー製ゴブラン織りもある。 曳山は大津町人の経済力と進取の気質を示すものだ。 町内巡幸では、「所望(ショウモン)」と呼ばれる場所で、曳山が一旦停止する。 そこでからくりが操られ、厄除けの粽や手拭がばら撒かれ、囃子の高まりを共に、祭り気分を一層盛り上 げていた。 駅の出入り口で出迎えてくれた。やはり子供たちのアイドルだった。 天孫神社社頭に向かう為、百国町通りに待機していた。 奥に神主が待機していた。 町内の代表が、町名などを神主に報告していた 町内巡幸 13台の曳山が、列を作って町内を廻っていく。 曳山は一旦停止し、からくりを操り、その巧妙な所作に人々を沸かせる。 更に賑やかな囃子高まり、粽や手拭がばら撒かれる。 粽や手拭は各曳山ごとに作られる。 粽は天孫神社の宮司のお払いを受けており、玄関先や軒下に吊るして置くと、厄除けになる、と言われている。 以前は祇園祭をはじめ多くの祭りで撒かれたが、いまだに景気よく曳山の上から撒いているのは珍しい。
行 列
曳山の後を神官たちの行列が続いた。天孫神社(四宮神社)の祭神は彦火火出見尊(ヒコホホデミノミコト)、国常立尊(クニトコタチノミコト)、 帯中津日子尊(タラシナカツヒコノミコト)、大己貴尊(オオナムチノミコト)である。 延暦年間(782〜809)に創立され、始め琵琶湖畔にあったが、その後伊勢屋町を経て、 現在の四宮町に鎮座した。 古くは四宮神社と呼ばれていたが、明治初年に祭神の彦火火出見尊(ヒコホホデミノミコト)が、 天照大神の孫にあたるところから「天孫神社」と改称したが、「四宮さん」で通っているそうだ。 天孫神社は、安産・交通安全・厄除けなどの神様として崇敬されている。
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2010年10月12日
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