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大津祭り(旧四宮祭り)は江戸時代はじめ、鍛冶屋町塩売治兵衛が四宮神社(現 天孫神社)の境内にて、狸 面つけて踊ったことから始まったとされる。 寛永15年(1638)からは三輪の曳山をつくり、やがて元禄、安永年間(1688〜1781)に現在の曳山が整えられ たという。それは、大津町人の「経済力の背景」と「進取の精神」を示すものだ。 祭り一色となっている街中を歩いていると、普段は見られない「祭り所縁のもの」や「お宝」を展示 している場所があった。それを探して見て廻るのも楽しかった。
曳山祖神
高貴な婦人の花見に狸が弁当箱を担ぎ、狸と染め抜いた扇子を持って、お供をしているところの図が展示してあった。
展示物
幕とか屏風を展示してあった。
建屋内
現在使われているにも係わらず、建屋内を見せていただいた。高い吹き抜け、細長い奥行き、途中に坪庭があるなど、京都の町屋と同じ造りだった。旧東海道の京町通りの曳山巡幸はまだ相当先らしい。二階の窓はすべて取り外し、部屋は飾り、巡幸を待つだけとなっている民家。 この民家の向かい(写真 左端)に「此附近露国皇太子遭難之地」碑がたっていた。 ここが、明治政府を震撼させた大津事件の発生現場のようだ。 |
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2010年10月13日
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