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北野天満宮の東門を出て、春の「北野をどり」で馴染みの「上七軒歌舞練場」を過ぎ、上七軒界隈をぶら りぶらり歩く。 上七軒は、祇園などと並ぶ京都五花街の一つと言われ、京都で最も古い歴史のある花街だそうだ。 室町時代に北野天満宮の一部が焼失した際、社殿修造の余った用材で七軒の茶屋を建てたのが始まりと か。 天正15年(1587)の北野大茶会では、「みたらし団子」を献上して豊臣秀吉を喜ばせ、正式の茶屋営業が認 められた。 以来、十個のつなぎ団子は上七軒のシンボルマークとなった。 絹織物の町・西陣をひかえて、古くから織物業の旦那衆の贔屓を得て発展してきた。 こじんまりとした花街で、静かなただずまいのお茶屋は、古風な技芸をゆっくり楽しむ顧客に親しまれて いるそうだ。 上七軒 川端康成の「古都」でも、主人公千恵子の養父で呉服問屋の主人・佐田太吉郎が贔屓にしている情景が描 かれていた。 上七軒の舞踊は、祇園甲部の井上流(都をどり)とちがって花柳流(北野をどり)である。 因みに他の花街では、祇園東:藤間流(祇園をどり)、先斗町:尾上流(鴨川をどり)、宮川町:若柳流(京をどり) ( 高橋利樹「京の花街ー輪違屋物語」) 偶々前を通ったら、すっぴんの若い女の子が数人出てきた。芸妓の卵であろうか? |
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2010年10月20日
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