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永平寺通用門から外に出ると、前に小川が流れており対岸に小堂・社が並んでいた。 小川の上流に登ると明治42年(1909)嘉仁殿下(後の大正天皇)永平寺行啓を記念して開園した愛宕公園が あり、傍を流れる小川の対岸には「玲瓏の瀧」と呼ばれる、小さいながらも素敵な瀧が流れていた。 愛宕公園の奥に、道元禅師生誕800年(平成12年)、750大遠忌(平成14年)の記念事業として新たに整備さ れた寂光苑があった。 苑内には、道元禅師の父母の恩に報いる「父母塔」、出家の志を立てた姿を表す「稚髪像」、明全和尚と 共に中国に渡り如浄禅師と出会い、正しい仏の道を得た恩に報いる「明全塔」「如浄塔」など道元禅師の 一代が偲ばれる像塔が並び、またその奥には永平寺歴代住職の墓となっており、最後に道元禅師を祀る 「御堂」が建っていた。 地蔵堂、稲荷堂、天照大神宮、金比羅堂が並んでいた。 父母の恩に報いる 道元は正治2年(1200)京都で生れた。 道元が出家の決意をした少年期の姿を表す。 道元は14歳の時比叡山で出家した。 明全和尚は、貞応2年(1223)24歳の道元と共に中国に渡ったが、2年後彼の地で没した。 中国に渡った道元は天童山の如浄禅師に師事した。 道元禅師御霊塔を納めている。 |
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2010年10月27日
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