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「嵯峨野の入口にあるこの寺は、白い土塀で囲まれていて、塀には門跡寺のしるしの紋様が入って いる。 すがすがしい土塀の真中にどっしりした楼門が威風堂々と聳え立っている。 京都で三大門の一つで徳川家光の寄進だという。 型通りの阿吽の仁王が目をむいているけれど、この楼門は巨大なのにどこか優美な感じがする。 広々した嵯峨高雄道に面したこの楼門の前を行き過ぎる時、いつもなぜかほっとして、 ああ帰ったと思い、ああ出かけていくのだなと思う」(瀬戸内寂聴「寂聴の古寺礼讃」) JR花園駅から北に約1300mほど歩くと、仁和寺の巨大な仁王門の前に来た。 仁王門から北に一本の参道が延びていた。150mほど先に中門があり、更にその奥150mほどに金堂が建ち、 その左右に諸堂宇が点在していた。それらはまるで豊な緑に抱かれるようにたたずんでいた。 仁王門 寛永14年(1637)〜正保3年(1644)再建 重文 左右に仁王像を配し、建築様式は平安時代の伝統である和様(大仏様)で統一されている二重門。 南大門ともいい、高さ20.5m 幅18.7m 知恩院三門、南禅寺三門と並び、京都三大三門の一つ。 左右の仁王像 寛永再建時建立されたもの。 重文 朱色も鮮やかな八脚門 左右に多聞天王、持国天王を安置 多聞天王と持国天王 金堂と安置する仏像 建物は慶長年間(1596〜1615)造営の内裏紫宸殿を寛永年間(1624〜1644)に移築したもの。国宝 宮殿建築を伝える現存の最古の紫宸殿、移築後に本瓦葺となり内部に須弥壇が設けられた。 内部須弥壇には、本尊の阿弥陀如来坐像や四天王像を安置 「寺はうんと大きいか、うんと小さいのがいいという私の持論は、この楼門から仁和寺の境内を 眺めた時、浮かんだ言葉であった。ああさすが天皇の寺だという感慨に胸をつかれる。 何よりも その、広々とした勇壮闊達な眺めに圧倒される。」(瀬戸内寂聴「寂聴の古寺礼讃」)
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2010年10月03日
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