ぶらりぶらり見て歩記

最初の目論見とは異なり、最近は寺社巡りが主になりました(^o^)

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南海電鉄「港駅」を下車、土居川に沿って歩くこと十数分、やがて国道26号線に当り、そこで川も終わ

る。  そこから左手は寺町で幾つかの寺が並ぶ。

寺町辺りをぶらりぶらり歩いていると、南宗寺が建っていた。

南宗寺は山号を龍興山と称し、臨済宗大徳寺派の寺院だ。

境内には重文の山門、唐門、仏殿があり、伝説の徳川家康の墓がある寺、紹鸚や利休が参禅した寺として

知られている。

南宗寺は大永6年(1526)京都大徳寺の住職古嶽宗旦が堺の一小院を「南宗庵」と改称したのが始まりだ。

その後、三好長慶が父・元長の菩提を発願し、南宗庵を移転し壮大な寺院を造営し、南宗寺とした。

しかし、天正2年(1574)松永久秀の乱、慶長20年(1615)大阪夏の陣で堂宇は悉く灰燼に帰した。

当時の住職・沢庵宗彭と堺奉行・喜多見若狭守勝重は、南宗寺の復興に尽力し元和元年(1619)現在地に再建

し、1650年頃には伽藍が整えられた。

昭和20年(1945)太平洋戦争により、開山堂、実相庵(戦後再建)、方丈(戦後再建)等が焼失した。


イメージ 1 門 前




イメージ 2 甘露門(山門)
正保4年(1647)建立 重文
禅宗様と和様の折衷様式
「甘露門」の額が掛かる。


イメージ 3 仏殿(大雄宝殿)
承応元年(1652)建立、 重文
方三間の主室も回りに裳階をつけた方五間本瓦葺きの建物で、小規模ながら純粋の禅宗様仏殿



イメージ 6 内 部
内部に入ると、床は瓦敷き土間となっている。


イメージ 5 本 尊
中央に本尊・釈迦如来像が安置されている。
左右にあるはずの脇侍・文殊、普賢菩薩像はない。
盗まれたそうだ。


イメージ 4 天井画
狩野信政による「八方睨みの龍」が描かれていた。


イメージ 7 イメージ 8
                        禅 堂
明治4年(1871)建立 昭和14年(1939)改築  中央に文殊菩薩を祀り、坐禅修行の道場


イメージ 9 三好一族の墓
寺域の西端に三好元長、長慶父子を始めとする三好一族の墓が並んでいる。

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