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紅葉狩りに比叡山の東麓の坂本(大津市)に来た。京都までは快晴だったが山科に来ると霧が山々を 覆っていた。 トンネルをくぐり抜けると四方が霧で包まれていた。10時ごろ比叡山坂本に着いた。 霧で遠方は全く見えないが晴れるのを期待して、同じく下車した観光客と共に日吉大社に向った。 坂本は比叡山延暦寺、日吉大社の門前町であっただけに、日吉神社参道入るまでに、沿道に日吉大社、 延暦寺に係わる寺社、建物を散見した。 祭神:奥津嶋姫神 天地天皇の御世、大己貴大神(オオナムチノカミ)を大和の三輪山から日吉大社に勧請される時、唐崎比叡辻を経た。当地にて石に座した占いの女神に会い「大神の鎮座する聖域はどこか」と訪ねたら、女神は大神の御足を井戸で洗い日吉大社の西本宮の聖域まで案内した。 この故事に因み当神社を石の占い井と称し、女神を祀る。 延暦寺の僧侶でありながら妻帯と名字帯刀を認められた「公人(クニン)」と呼ばれる人々がいた。 彼らは延暦寺の堂舎、僧坊に所属し、年貢、諸役を収納する寺務を務めた。 坂本には近年までこうした公人たちが住んでいた住居「公人屋敷」が数多く残されていた、しかし、数が少なくなり、代々公人を務めた岡本家の屋敷は全体に旧状を良く留めた社寺関連大型民家の特徴を示す住宅。 祭神:天石門別神(アメノイワトワケノカミ) 日吉大社の門を守る社 境内の大ムクノキは樹齢約200年、落雷老朽の為平成11年(1999)上部を伐採された。 伝教大師最澄生誕の地といわれ、最澄が開山された寺。 近江国西国三十三所霊場第六番札所 文禄4年(1595)再建、宝永7年(1710)改築 本尊は十一面観世音菩薩 最澄の父母、三津首百枝(ミツノオビトモモエ)、藤原藤子の像を祀る。 最澄は神護景雲元年(767)8月18日この地で生れたといわれる。 |
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2010年12月02日
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