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日吉神社西本宮の祭神は大己貴神で、東本宮の大山咋神の小比叡(オビエ)神と言われるのに対し、大比叡 (オオビエ)神と呼ばれる。 大津京遷都の翌年の668年天智天皇は、新たに国家鎮護の神として、大和国三輪山の大神神社から神宿る 霊山比叡山に勧請された。 また、西本宮の近くには、九州、北陸地方で神威が敬われる古くからの著名神の宇佐宮、白山宮が摂社 として祀られていた。 日吉大社の建物は元亀2年(1571)織田信長の叡山焼き討ちにより焼失したため、現在の建物はその後に 再建されたものである。 天正14年(1586)再建と推定 三間一戸、入母屋造り桧皮葺 四隅には猿の彫刻、前後には極彩色の蟇股がある。 本殿の前に独立した拝殿がある。 拝殿は方3間 一重 入母屋造、妻入り 桧皮葺 重文 四方の柱間は吹放し だが、参拝者のためにビニールシートが張られていた。 祭神:大己貴神 天正14年(1586)再建 国宝 桁行5間、梁間3間 桧皮葺 三面に庇を付け、日吉(ヒエ)造りとも聖帝(ショウタイ)造りともいう特異な形 正面で神主が祝詞を詠んでいた。 慶長3年(1598)本殿と共に建てられた 重文 方3間、一重、入母屋造、妻入り 桧皮葺 祭神:田心姫神(タゴリヒメノカミ) 慶長3年(1598)再建 重文 桁行5間、梁間3間 桧皮葺 西本宮よりやや小ぶりの日吉(ヒエ)造りとも聖帝(ショウタイ)造りともいう特異な形 明治以前は聖真子宮と呼ばれていた。 慶長3年(1598)本殿と共に建てられた 重文 方3間、一重、入母屋造、妻入り 桧皮葺 祭神:菊理姫神(ククリヒメノカミ) 慶長3年(1598)建てられた 重文 3間社流造 桧皮葺 |
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2010年12月06日
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