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通常、観光客は掬星台からは摩耶ロープウェーと摩耶ケーブルを乗り継いで下界にもどる。 しかし、中腹にある旧摩耶山天上寺の跡=現在は摩耶山史跡公園となっている=を見ておこうと青谷道 (摩耶山史跡公園までは上野道と重なっている)を下った。 摩耶山天上寺は昭和51年(1976)1月火災で全焼した。 かって堂宇が建ち並びさ、参拝者で賑わった場所は、基壇、礎石などが残るのみで人影もほとんど見ない。 多分後から植えられたののであろう山桜が満開だった。
参道の石段は残っており、延々と続いていた。参拝者はこの石段を上っていたのだ。 仁王門だけが残っていた。ただし、仁王様は移動されたのであろう、空であった。 旧仁王門から下の青谷道は木々で暗い山道だった。30分ほど下りると不動の瀧に着いた。ここは瀧打ち行の修行の場である。六甲山はかっては修験道の山だった。ここはその名残りの場所であろうか? これからあと30分ほどで人家に出た。 |
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