ぶらりぶらり見て歩記

最初の目論見とは異なり、最近は寺社巡りが主になりました(^o^)

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おはらい町を出て、バス停を捜して少し歩くと猿田彦神社の前に来た。

序でにと言っては神様に失礼かも知れないが、参拝しておく。

祭神の猿田彦大神は天孫ニニギノ命をこの国に案内した後、伊勢の地を中心に国土の開拓・経営に尽くし

た地主神とされる。

相殿に祀られる大田命は猿田彦大神の子孫で倭姫命神宮鎮座地を求めて巡歴されたときに、五十鈴川の河

上の地を献り、伊勢の神宮が創建された。

当猿田彦神社は猿田彦大神、大田命の直系の子孫が祖神を祀った神社だ。

従って、伊勢の神宮創建以来今日まで猿田彦大神、大田命の直系の子孫である「宇治土公(ウジトコ)」家が

宮司をつとめているそうだ。

猿田彦大神は「道開き」の神として知られ、方位除、災難除、地鎮、事業繁栄、交通安全、開運の神であ

る。

境内社として天宇受売命(アメノウズメノミコト)を祀る佐瑠女(サルメ)神社があった。

天宇受売命は天孫ニニギノ命を待ち迎えた猿田彦大神と最初に言葉を交わした神である。

天孫一行を日向の高千穂峯に導いた後、本来の地に戻る猿田彦大神と共に伊勢に来て、ニニギノ命から

「佐瑠女(サルメ)」という姓を賜ったという。

天宇受売命(アメノウズメノミコト)は天照大御神が天岩戸に籠もられて、世の中が暗闇になった時、岩戸の前で舞

踊した神でもある。このことから芸能、芸術、鎮魂、縁結びの神として祀られてきた。

イメージ 1社頭



イメージ 2本殿
祭神:主神 猿田彦大神
   相殿 大田命
二重破風の妻入り造(通称さだひこ造り)
祝詞殿は優雅な平安時代を偲ぶ寝殿造


イメージ 3方位石(古殿地)
拝殿正面に昔の神殿跡を印し、方角を刻んだ八角の石柱が置かれてあった。
八角は方位を意味し、方位除の御神徳を仰ぐもの。
本殿の堅魚木(カツオギ)、欄干、はじめ佐瑠女(サルメ)神社本殿、大鳥居、手水舎の柱などすべて八角である。


イメージ 4絵馬
描かれているのは「みちびきの舞」
明治天皇の皇女・北白川房子様参拝の時の歌に作曲振付した猿田彦神社独自の舞。
願いを良い方向に導く想いが込められている。
さだひこの 御名いと高し 天下り 神代の昔 しぬびまつれば




イメージ 5 佐瑠女(サルメ)神社
祭神:天宇受売命(アメノウズメノミコト)


そこで日子番能(ヒコホノ)ニニギノミコトが天降りをなされようとする時に、天降りのみちでが幾つに

も分かれている所にて、上は高天原を照らし、下は葦原中国(アシハラナカツクニ)を照らす、

異様な神がいた。

そこで天照大御神と高木神(タカギノカミ 高御産巣日神)の仰せで、天宇受売神(アメノウズメノカミ)に

「お前はかよわい女ではあるが、対抗する神には面と向かってにらみ勝つことが出来る神である。

だからお前一人だけ行って、其の神に『わが御子が天降りする道に誰がそうしているのか』と尋

ねよ」とおっしゃった。

それで天宇受売神が行って、お尋ねになると、その神は答えて、「私は国つ神で、名は猿田毘古神

と申します。ここに出ておりますわけは、天つ神の日継(ヒツギ)の御子が天降りなさると聞いたもの

ですから、そのご先導をいたそうと思って、お迎えに参ったのです」と申し上げた。

                        「古事記」(日本古典文学全集1:小学館)

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