ぶらりぶらり見て歩記

最初の目論見とは異なり、最近は寺社巡りが主になりました(^o^)

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11時頃上高地に入った。上高地へは、昨年秋に訪れてから、今回で3度目になる。

前2回(平成22年10月平成23年7月)は雨であったが、今回は晴れだ。

嬉しくて、自然にテンションが上った。

早速大正池に行って見ると、 左手に焼岳、右手に穂高連峰が望まれる。

白い雲が適度に浮かぶ碧い空の下の景色は絵葉書の景色そのものだった。

大正池の池畔の砂礫をまわり、湿地帯と、林が混在する中を自然研究路と呼ばれる遊歩道を廻る。

柳、ダケカンバ、シラカバの雑木林がやがて腰辺りには熊笹が生い茂るカラマツ林となった。

所々には、渓流が流れ、湿地があった。

梓川に架かる田代橋、穂高橋を渡る。穂高橋上から川上を眺めると、木々の中に、上高地温泉ホテルと上

高地清水屋ホテルが覗く。

上高地を世に紹介したウエストンは、上高地を訪れた際には良く清水屋に泊まったとか。

それ故であろうか、上高地清水屋ホテルの近くの崖に、上高地を世に紹介したウエストンの碑があった。

この辺りから梓川川岸に出ると、対岸はカラマツ林だが、上方には八右衛門沢、其の奥には六百山、三木

槍、霞沢岳が連なっていた。


イメージ 1

                              大正池から焼岳
焼岳(2455)は北アルプス唯一の活火山  大正4年(1915)大爆発を起こした。
大噴火によって、梓川が堰き止められて出来たのが大正池だ。


イメージ 2

                              大正池から穂高連峰
岳沢、吊尾根を中央とし、向かって右に前穂高岳(3090)、明神岳(2931)等が、
向かって左に、奥穂高岳(3190)などがそそり立つ。


イメージ 3 カラマツ林
腰の高さに熊笹が生い茂っていた。


イメージ 4 渓流
梓川の分流だろうか、それとも他からの流れ込んでいるのいるのか?



イメージ 5 穂高橋から
上流に眼をやると全面に穂高連峰が聳える
左手手前が上高地温泉ホテル
左手奥が上高地清水屋ホテル



イメージ 6 イメージ 7
                             ウエストンの碑
近くに立っていた説明板は次の様に記してあった。
英国人牧師ウォルター・ウェストンは明治21年(1888)から同28年(1895)までの日本滞在中に槍ヶ岳
や穂高の山々を数多く歩き、我が国に近代的な登山意識をもたらし、日本山岳会結成のきっかけを
作りました。
また、その間の紀行文「日本アルプスの登山と探検」(明治29年)により、中部山岳を世界に紹介する
など、その業績は高く評価されています。ここにあるレリーフは、日本山岳会が昭和12年に
ウエストンの喜寿(77歳)を祝って作ったもので、昭和40年にかけなおされています。

なお、「日本アルプスの登山と探検」の原題はMOUNTAINEERING AND EXPLORATION IN THE JAPANESE

ALPSEである。


イメージ 8 対岸の山々
向かって左から、六百山(2450)、三木槍、霞沢岳(2646)で、手前の沢が八右衛門沢


イメージ 9 対岸の唐松林
少し、河童橋方向に歩くと、岸に沿ってカラマツ林が綺麗に生えていた。

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