ぶらりぶらり見て歩記

最初の目論見とは異なり、最近は寺社巡りが主になりました(^o^)

過去の投稿日別表示

[ リスト | 詳細 ]

全1ページ

[1]


牡丹の季節からはずれているが、境内には三々五々参詣グループが散策を楽しんでいた。

みんなの思いを繋ぐのは、薄幸な姫ぎみに寄せる哀憐、しかもその繊手が生み出した華麗な

織物への憧れである。

姫も蓮糸の曼荼羅も、伝説の所産にすぎないけれど、目に見えぬ香りさながら、それは

当麻の里の夕映えにかがよい、今なお私たちを甘美な幻想へといざなってくれる。
                                             (杉本苑子「女人古寺巡礼」)

本堂へ向かう参道の左手に中之坊がある。

白鳳時代(645〜709)の当麻寺開創に伴い、役行者が開いた道場で、当麻寺最古の僧坊とのこと。

天平時代11世実雅上人が女人禁制を解いて中将姫を迎え入れ、弘仁時代(810〜824)弘法大師の授法を仰ぎ

真言宗の寺となった。(現在 高野山真言宗別格本山)

中将姫が剃髪したお堂(本堂)には姫の守り本尊「導き観音」が祀られ、特に女人の守り本尊として信仰さ

れている。


イメージ 1 イメージ 2
                         庫裡と陀羅尼助精製の釜
拝観受付の庫裡の入ると入口脇に竃の置かれた釜があった。
陀羅尼助(役行者が創製した胃腸薬で、日本最古の和漢薬)を精製した大釜で、昭和57年(1982)まで使用されていた。薬草のエキスを煮出す釜(右)とエキスを煮詰める釜(左)である。


イメージ 5 加持水の井戸
役行者がこの井戸を加持し、この井戸水と山野の薬草をもって陀羅尼助を作るとともに、製法を伝承した。

イメージ 6 中将姫誓いの石
奈良時代 当麻寺は女人禁制であった為、中将姫は入山を許されなかった。
姫は入山したい一念から3日間念仏を唱えたところ、不思議にも石が足跡が付いた。
それ以後女人禁制が解かれたという。


イメージ 3 イメージ 4
                          本堂(中将姫剃髪堂)
建物は桃山時代再建。 本尊十一面観音:中将姫の守り本尊「導き観音」として信仰されている。
天平宝字7年(763)中将姫は当麻寺に入山、この堂で剃髪して尼になり、師である実雅法印から「法如」の名をもらった。


イメージ 7 髪 塚
中将姫は剃髪した髪で六字の梵字を刺繍した。
その故事から6月16日に髪を供養し心身の健康を願う供養会が行われる。


イメージ 8 芭蕉句碑
貞享元年(1684)松尾芭蕉は中之坊を詣で、大松を見て詠んだ。
僧朝顔 幾死にかえる 法の松


イメージ 9

                              境内案内図

全1ページ

[1]


よしもとブログランキング

もっと見る

[PR]お得情報

ふるさと納税サイト≪さとふる≫
実質2000円で好きなお礼品を選べる
毎日人気ランキング更新中!

その他のキャンペーン


プライバシー -  利用規約 -  メディアステートメント -  ガイドライン -  順守事項 -  ご意見・ご要望 -  ヘルプ・お問い合わせ

Copyright (C) 2019 Yahoo Japan Corporation. All Rights Reserved.

みんなの更新記事