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当麻真人国見(タマノマヒトクニミ)が、麻呂子親王によって草創された万法蔵院を、百済の僧正恵潅を導師に 迎え、当麻寺として遷造した時、坤(ヒツジサル 裏鬼門)の守り寺院として草創されたのが始まりである。 その後弘仁14年(823)弘法大師が当院に留鍋し、曼荼羅において「いろは歌」を想念したという。 境内には、山の斜面を利用し、西塔を借景にした池泉回遊式庭園がある。 江戸時代初期に作られたものを、中期に一音法印によって改造されたものだという。 水面に映る西塔が美しかった。 他に、牡丹に芍薬などが多く植えられ春には豪華絢爛な花を見せるだろうが今は季節外れであった。 西南院は当麻寺塔頭 真言宗 関西花の寺第21番霊場 仏塔古寺18尊第8番霊場 庭の両端に造られており、耳をすますと 妙なる音色が聞こえてきた。 山裾を利用し、樹木を植え込み心字の池泉を設け、中央に亀島、その東に鶴島の石組みを配す。 庭 園 山裾より種々の樹木を植え、小・丸・段刈りこみなどを用いて自然な景観に整え、西塔を借景としている。西塔が心字の池に写る光景は美しい。 |
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2011年10月13日
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