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「このミュウズの像は何んだか僕たちのもののやぅな気がせられて、わけてもお慕しい。 朱い髪をし、おほどかな御顔だけすっかり香にお杓けになって、右手を胸のあたりにもちあげて 軽く印を結ばれながら、すこし伏せ目にこちらを見下ろされ、いまにも何かおっしゃられさぅな 様子をなすって、お立になってゐられた。」(堀辰雄「大和路信濃路」10月、午後秋篠寺にて) 近鉄西大寺駅から西北約1.2kmの所に秋篠寺が建っていた。 駐車場近くの東門より入る。次稿で紹介するが南門が正式な出入り口らしい。 落ち着きのある参道を行くと、途中に、香水閣、十三社、苔むす林となっている金堂跡があった。 そして主要伽藍(大元堂、本堂、開山堂、鐘楼)が建つ一角に来た。 ここで拝観料を払い、その内部に入った。 建物では、本堂のみが内部公開していた。 その薄暗い内陣には、帝釈天立像(重文)、不動明王立像、十二神像(6体ずつに別れ、中央の本尊・薬師如 来坐像をはさんでいる)、日光菩薩立像(重文)、薬師如来坐像(本尊、重文)、月光菩薩立像(重文)、地蔵 菩薩立像(重文)、伎芸天立像(重文)などの諸仏が壇上に一列に並び、間近に拝することが出来た。 左端に安置されている伎芸天立像は、「東洋のミューズ」とも讃えられるほどで、秋篠寺の諸仏の中でも もっとも有名な仏像である。 2mを越す大きな像であるが、少しひねったような姿勢をしており、威圧感を全く感じさせない。 安らかな表情とその優美な姿は、心が癒される思いだった。 別名大元帥井 門の奥に一段低くなった場所に今もこんこんと水が湧き出す霊泉。 承和元年(834)真言宗の僧常暁(ジョウギョウ)が秋篠寺に参詣した際、玉砂利を敷き詰めた井戸の水に憤怒の形相の大元帥明王の影を見て、その姿を法衣のの袖に写したといわれる。 大元帥(タイゲン)明王立像(重文)を安置 6月6日のみ一般拝観ができる。 唐へ渡った常暁(ジョウギョウ)は、栖霊寺で大元帥法を授けられた。 その本尊・大元帥明王は、秋篠寺の香水閣で見た通りの怒りの形相そのものだった。 このため、日本に戻った常暁(ジョウギョウ)は大元帥法を伝え、その本尊・大元帥明王を納めたという。 因みに、旧日本軍の「元帥(ゲンスイ)」の由来は、この大元帥明王からとのこと。 本 堂 鎌倉時代再建とみられるが、奈良時代の建築の伝統を生かしている建物。国宝 先に述べた諸仏が安置されており、至近距離で直接拝観することができた。 |
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2011年10月19日
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