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奈良市観光センターの観光地図を片手に、秋篠寺から「歴史の道」に添って神功皇后陵、成務天皇陵・日 葉酢姫命陵、平城宮跡を通り、法華寺に向かう。 「歴史の道」の道標は設置されているが、道がくねくねしていて分りずらい。時々道を外れたりする。 それでもまず始めの神功皇后陵にたどり着いた。 丘陵を切り開いて造成されており、全長275mで濠をめぐらした巨大な前方後円墳である。 神功皇后は「日本書紀」では気長足姫尊(オキナガタラシヒメノミコト)、「古事記」では息長帯比売命などと記され、 第14代仲哀天皇の皇后、第15代応神天皇の生母とされる。 神功皇后について、「記」「紀」に、三韓征伐などの話などの記述があり、北九州の各地や播磨・摂津の 海岸沿いにも多くの伝説・伝承が残る。戦前には切手やお札の肖像画が使われたほどだ。 しかし、戦後の歴史学上からは抹殺されてしまった人物の一人である。 そして、この古墳が神功皇后陵と定まるまでに紆余曲折があったようだ。(例えば現在の日葉酢姫命陵が 神功皇后陵と思われたいた時期があった。) そんなことを、つい思いながら先を急いぐと、 陵の南側には神功皇后母子などを祀る八幡宮が鎮座しており、丁度秋祭りの最中であった。 狭城盾列池上(サキノタテナミイケノヘ)陵、五社神(ゴザシ)古墳 拝所内(向かって東側)にある八基の燈籠は 延享2年(1745)〜寛政2年(1790)の銘があるとのこと 創建は不明 祭神は八幡神(応神天皇)、 神功皇后、 玉依媛命(神武天皇の母) 木造平屋桟瓦葺 春日型千鳥破風流造桧皮葺 |
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2011年10月22日
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