ぶらりぶらり見て歩記

最初の目論見とは異なり、最近は寺社巡りが主になりました(^o^)

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境内の一隅に「浴室(カラフロ)」が建っていた。隣には井戸もある。

この浴室(カラフロ)は、光明皇后が、貧民や病気人のために設けたものといわれている。

皇后が、自ら千人の垢を流したという。

千人目は全身に膿がたまり異臭を放つ病人であったが、病人に請われるままに美しい唇を病人の肌に当

て、その膿を吸い出すと、病人はたちどころに阿閦如来の姿となり消えうせたという。

光明皇后は藤原不比等の娘で、人臣で始めて皇后となった。

聖武天皇崩御後は娘の孝謙天皇(称徳天皇)の後見として実質的に政治をとったことでも知られる。

一方で仏教に深く帰依し、法華寺をはじめ多くの寺院造営したほか、医療を施す「施薬院」や貧しい人々

を救う「悲田院」を開設した。

「からふろ」の伝説の真偽はさておき、全く根拠の無い所に伝説は生れない。

皇后の社会福祉事業により救済された人々の強い感激と謝念が、仏法と結びついてこのような伝説が生じ

たと思われる。

ししむらは 骨もあらはに とろろぎて 流るる膿を すひにけらしも
からふねの ゆげたちまよふ 床のうへに 膿にあきたる 赤きくちびる
からふねの ゆげのおぼろに ししむらを 人にすはせし 仏あやしも
                                                     ( 会津八一 「鹿鳴集」)

境内の奥に進むと、分厚い茅葺屋根の風格ある建物「光月亭」が建っていた。

庄屋を務めた東谷家の住宅を移築したもので、休憩を兼ねて座敷でお薄をいただいた。


イメージ 1

                             境内図



イメージ 2薬師堂
薬師如来を安置。


イメージ 3

                             浴室(カラフロ)
法華寺本願光明皇后が難病者たちをを入浴させたところ。
傍らの井戸は現在でも常に清らかな水を湛え、この浴室の伝統は井戸と共に古い由緒を伝ええている。
現在の建物は江戸時代のものと推定される。
浴室内部は二部屋になっていて、両方とも蒸し風呂になっていて近年まで使われていた。
唐破風をつけた内部の古い様式や敷瓦の遺構には昔の面影が偲ばれる。
平成14年(2002)半解体修理が完了した。
                                     
                                               

イメージ 4光月亭
元東谷家住宅。
昭和46年(1971)添上郡月ケ瀬村より移築
東谷家は以前庄屋を務めた家柄である。

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