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磐之媛命陵から再び航空自衛隊幹部候補生学校前、ウワナベ古墳(濠を持った大きな前方後円墳) 南側を 抜け、国道24号線、JR線を渡ると、業平寺とも呼ばれる不退寺があった。 不退寺は山号を金龍山、真言律宗の寺院で、正しくは「不退転法輪寺」という。 大同4年(809)平城天皇が譲位してこの地に「萱の御所」を造った。 平城天皇の皇子・阿保親王の没後、その子・在原業平が承和14年(847)旧居を寺とし、父親王の菩提を弔う と共に、本尊聖観音像を安置して衆生済度のために「法輪を転じて退かず」と発願して「不退転法輪寺」 と号した。 その後の歴史は詳らかではないが、鎌倉時代には、西大寺再興で知られる真言律宗の祖・叡尊によって 再興され、中世に建てられた多宝塔、南門、本堂が現存している。 鎌倉時代末期建立の四脚門 重文 南北朝時代建立 重文 本尊観世音菩薩立像(重文 平安時代初期)、 五大明王像(重文 平安時代中期) 阿保親王像(鎌倉時代)、 地蔵菩薩立像などを安置 鎌倉時代建立 重文 5月28日業平忌に開扉 境内の高台に建っているが、生い茂る木々に遮られて全体の姿は良く分らない。
なお、在原業平は六歌仙の一人であり、「伊勢物語」の主人公とされる。 池に平石で架けられた橋は「なりひら橋」 長さ2.7m、舟形割竹くり貫き石棺 不退寺の西北にあるウワナベ古墳の南側にあった「平塚古墳(現24号線バイバス)」から発掘されたもの。 石材は砂岩の一種。 草刈の人がこれで鎌を砥いた跡が沢山残っている。 |
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2011年10月28日
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