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南禅寺境内を横切る、赤レンガのローマの古代水道橋のような水路閣をくぐり、 石段を上った一段高い所に南禅院がある。 亀山法皇が営んだ離宮・禅林寺殿の「上の宮」遺蹟で、南禅寺発祥の地である。 応仁の乱(1467)後久しく荒廃していたが、元禄16年(1703)五代将軍徳川綱吉の母・桂昌院の寄進により 再建された。 庭園は離宮当時の面影を残し、周囲を深い樹林に包まれた幽邃閑寂の趣は格別だ。 本堂は総檜の入母屋造り杮葺きで、庭の中に溶け込んでいる感じであった。 法皇遺愛の池泉回遊式庭園。作庭は夢窓国師と言われ、天龍寺の庭園、苔寺庭園と共に京都の三名勝史蹟庭園の一つに指定されている。 築庭に当って、吉野の桜、難波の葦、竜田の楓を移植し、井手の蛙を放ったと伝えられる。 内陣中央に南北朝時代作とみられる亀山法皇像(重文)が安置され、襖絵は狩野常信とその子・如川、随川の筆になる水墨画。 亀山法皇の遺言により御分骨を埋葬した御陵 |
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2011年03月10日
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