|
小野小町は 古の衣通姫(ソトホリヒメ)の流れなり 哀れなる様にて 強からず 言はば好き女の 悩める所有るに似たり 強からぬは 女の歌なればなるなし (「古今和歌集」仮名序 ) 隨心院には2つの顔がある。一つは風格ある摂家門跡の寺として、もう一つは小野小町ゆかりの寺であ る。 山科の南、隨心院のある辺りは小野郷と呼ばれ、古くから小野氏が栄えた地である。 小野氏と言えば、小野妹子、小野篁、小野道風などの人物が思い浮かぶ。 どちらかと言えば、学問に秀でた一族である。 その中に絶世の美女でありながら歌道に優れた小野小町がいる。 小野小町はその名が知られている割に、生年、没年、実名などが不明で、実在を疑う説もある。 しかし、六歌仙、三十六歌仙の一人に数えられ、「古今和歌集」に冒頭に示すような彼女の評や、彼女自 身の歌が載せられているところから、実在したと思う。 「小野氏系図」によれば小野篁の孫で、出羽の郡司小野良真(ヨシザネ)の娘となっている。 仁明天皇の更衣を勤めた後、崩御後余生をこの地で過ごしたといわれている。 隨心院の境内には、小野小町が鏡代わりに使用した井戸、恋文を埋めたという文塚、小町及び侍女の墓と 言われる塔があった。 また、建物内には、零泊した姿の「卒塔婆小町坐像」や恋文を下張りにした「文張り地蔵尊」があった。 真偽は不明だが、この様なものを見ていると、ますます小野小町は実在したと確信する。 毎年3月の最終日曜日(今年は3月27日)小野小町に恋した深草少将の百夜通いの悲恋伝説をテーマにした 「はねず踊り」が披露される。 小野駅から隨心院に向かう途中に生えていた。 幹には注連縄が張られていた。 小野小町に思いを寄せた深草少将は小町の元に百夜通いをする。 訪れた度にかやの実を一つ差し出した。小町はそれを糸に通して日を数えた。 通いつめた99日目は雪の日で、門前にたどり着いた少将は99個目のかやの実を握ったまま倒れ二度と起き上がれなかった。 隨心院にはそのかやの実があった。 ご丁寧にも、実の頭部左右に糸を通した穴の跡が付いていた。 隨心院庫裡の玄関前近くに建っていた
境内の隅にひっそりとあった。 小野小町が鏡代わりに覗き込んだと言われる。 深草少将を初めとする多数の恋文を埋めたという。 境内の本堂の裏の竹林の中にあった。 最下部の地輪だけが方形、水火風空はすべて丸石、最上層には笠石のようなものを載せている。 竹林の中にあった。 小町塚近くの竹林の中にあった。 |
過去の投稿日別表示
[ リスト | 詳細 ]
2011年03月15日
全1ページ
[1]
全1ページ
[1]



