ぶらりぶらり見て歩記

最初の目論見とは異なり、最近は寺社巡りが主になりました(^o^)

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京都市営地下鉄「小野駅」から西に5分ほど歩いた所に、真言宗山階派大本山・勧修寺(カンジュジ)が建って

いた。

昌泰3年(900)醍醐天皇が生母・胤子(インシ)の追善の為、胤子の母・列子(タマコ)の実家である宮道(ミヤジ)邸を

寺に改めたもので、列子の父即ち天皇の祖父に当る藤原高藤の諡号をとって勧修寺(カジュウジ)と名付けら

れた。

鎌倉時代には後伏見天皇の皇子・寛胤法親王が16世として入寺してから門跡寺院となった。

門跡寺院として栄えたが文明2年(1470)焼失し、江戸時代になって再興され、徳川家綱、綱吉の帰依を受

け、伽藍の整備が進められた。

現在、境内の南寄りに氷室池が大きく広がり、その北に書院、宸殿、本堂が並び、池の端には観音堂が建

っていた。

イメージ 1 境内配置図


イメージ 2 参 道
両側の塀は五筋塀で門跡寺院のであることを示している。
片側には枝垂れ桜の並木となっており、桜の季節には見事な光景になることだろう。


イメージ 3 山 門


イメージ 4 イメージ 5
                                宸 殿
延宝4年(1676)造営の明正院御所御対面所を、元禄12年(1697)下賜されたもの。
内部は南端に上段一の間を配して、その北に二の間、三の間を続け、一の間には床、棚、付書院を備えた書院造り構成となっている。


イメージ 6 書 院
延宝元年(1673)建てられた御西院御所の旧殿を貞享3年(1685)明正天皇より下賜されたもの。重文
向かって左には、臥龍の老梅、中央から右には勧修寺型燈籠が立ち、周囲を常緑の偃柏槇(ハイビャクシン)が被っていた。




イメージ 7 臥龍の老梅
江戸時代、京都御所から移植された白梅。
親(根の部分が残っている木)、
子(大きな枯木)、
孫(成長中の木)
の三代が並んでいる目出度い木。
花は8分咲き。

イメージ 8 勧修寺型灯篭(水戸灯篭、雪灯篭)
水戸光圀寄進の燈籠で、大きな傘を持つユニークな形をしている。
灯篭を被うように生えている植樹は偃柏槇(ハイビャクシン)、ヒノキ科の常緑潅木で一面一本の木。
樹齢は750年といわれる。

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