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勧修寺から宮道神社へ行く途中右手に、仏光院という寺があった。 普通なら通り過ごしてしまう様な寺であるが、寺前の説明板を読んで、寺自体よりも再興者に興味が惹か れたのでここに取り上げた。 仏光院は昭和26年(1951)勧修寺の塔頭があったと伝えられる由緒ある地に、大石順教尼によって再興建立 された寺院である。 順教尼は、もと大阪堀江の名妓・妻吉といったが、明治38年(1905)6月21日中川万次郎6人斬り事件の巻き 添えとなって、17歳の身で両腕を切り落とされた。 この不幸のどん底から数々の苦難を乗り越え、求道者として出家得度し、犠牲者の追善と共に身体障害者 の救済に生涯を捧げた。 両腕のないまま口に筆をくわえて書画を描き非凡な才能を示し、日展に入選。また、日本人として始めて 世界身体障害者芸術協会の会員にも選ばれた。 昭和43年(1968)4月21日奇しくも遭難した同じ日に入寂した。享年81歳 「何事も 成せばなるてふ 言の葉を 胸にきざみて 生きて来し我れ」 順教尼 |
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2011年03月20日
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