ぶらりぶらり見て歩記

最初の目論見とは異なり、最近は寺社巡りが主になりました(^o^)

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京都市営地下鉄「椥辻(ナギツジ)駅」附近の山科区役所南側から西に向かう「新十条通り」を西に向かって

10分ほど歩き、少し南に入ったところに坂上田村麻呂公園があった。

どこにでもある小公園だ。

その奥に平安時代前期の武将坂上田村麻呂を葬ったと言われる墓があった。

明治28年(1895)平安遷都1100年祭に際し整備されたものと云う。

坂上田村麻呂(758〜811)は奈良時代の武将坂上苅田麻呂の子で、延暦20年(801)当時の日本で大きな問題

となっていた蝦夷地を平定する為、征夷大将軍に任命され、遠く陸奥に出兵し、これを治めて大変な功績

をあげた。

京都にあっても、弘仁元年(810)薬子の乱などに活躍し、官職は右近衛大将にいたった。

また、仏教の信仰も篤く、清水寺を創建したことでも有名である。

弘仁2年(811)5月23日死去、享年54歳。この地で葬儀が営まれた。

「清水寺縁起」によると、嵯峨天皇の勅によって甲冑・剣や弓矢を具した姿で棺に納められ平安京に向か

って立ったまま葬られたという。

なお、清水焼団地の西、滑石街道沿いにある「西野山古墳」(大正8年(1919)発見された)の方が坂上田村

麻呂の墓ではないか、という説がある。


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