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相当な年配者だったら、昭和37年(1962)頃起きた「水間寺事件」を思い出すかもしれない。 直木賞作家でもあった故今東光が住職を務めていたことから、相当新聞を賑わせていた。 それから約半世紀、あれはどう決着付いたのだろうかと思いながら境内を巡った。 秬谷川(キビタニガワ)に架かる通天橋を渡り、水間公園の方へ向かった。 途中に行基堂、薬師堂、観音堂等の堂宇があるからだ。 この辺りになると、一般の参拝者はほとんど来ない。 すれ違ったのはジョギング姿の人であった。 17世紀中頃の建物。 開山・行基像を安置する。 鏡池は行基が開削したといわれ、行基が鏡代りに水の面に姿を写したからこの名が付いた。 この池は蛙も蛭も棲まないという。 聖き水には汚れた生き物は生きることができないからだというが、その割には、見た目には汚れていた。 池の中央に建つ小堂は瑞泉堂。 聖観世音菩薩像を安置する。 行基水、薬師水とも呼ばれる。 近くの薬師堂に安置する薬師如来にお供えする水を汲む。 小さな覆屋が付けられている。 行基が勅命により、聖観音の出現を願い、自ら彫った薬師如来像を祀るために建立。 現在の建物はコンクリート製。 満州で犠牲になった開拓民方がたの霊を祀る。 平成3年(1991)大阪府開拓民自興会建立 |
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2012年02月16日
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