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本堂に向かって左手(西側)には千手堂(重文)、右手(東側)には丈六堂、六角堂、鐘楼、薬師堂などが あった。 それらを一通り拝観した後、本堂の背後に位置する十禅律院、粉河産土神社に足を運んだ。 宝暦10年(1760)建立 重文 宝形造、正面に一間の向拝を持つ 正面に千手観世御菩薩(秘仏)を納めた厨子 両側の祭壇には紀州藩歴代藩主及びその所縁のある人々の位牌を安置している。 丈六堂 文化3年(1806)再建 昭和57年(1972)解体修理 丈六の阿弥陀如来を安置 本堂前広場内(本堂に向かって)右手に建つ。 享保5年(1720)建立、平成7年7年(1995)解体修理 西国三十三箇所霊場の本尊を安置 向かって左手前に「湯浅桜」が植えれれていた。 紀州湯浅の住人藤原宗永が当山本尊千手千眼観世音菩薩のお告げによって本堂の巽(タツミ 東南)の方に飢えたもの。 寺伝によれば、「宝亀元年(770)頃大伴孔子古(オオトモノクジコ)はこの木に踞して下を通る鹿など・・・」と記されており、この樟はその踞木地とされる。 薬師如来を安置する。 薬師如来は眼病を始め諸病平癒祈願の仏様である 薬師堂左手前に3塔並んでいる。 右より紀州8代藩主徳川重倫(シゲノリ)側室於八百(オヤホ) 水戸少将徳川治紀(ハルトシ)正室方姫(ミチヒメ) 紀州8代藩主徳川重倫(シゲノリ)付老女初島 法華塔近くに建つ。 高さ210cm、銘 永禄7年(1564) 錫杖を右手に垂直に立て、右の耳のぴったりとつけて90度に立てているのは作者の独創的発想と思われる。 地蔵菩薩は閻魔大王の本地佛、常に六道を巡って衆生を救い、極楽に行ける様に援助して下さると信じられ、広く信仰された。 今も「忌明け地蔵」として信仰されている。 |
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2012年04月16日
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