ぶらりぶらり見て歩記

最初の目論見とは異なり、最近は寺社巡りが主になりました(^o^)

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昔、役行者、吉野山に行はれる時、釈迦の像、現じ給ひけるを、「この御形にて、この国の衆生は
化し難かるべし。隠れさせ給へ。」と申されければ、次は弥勒の御形を現じ給ふ
猶、これもかなはじ」と申されける時、当時の蔵王権現とて恐ろしげなる御形を現じ給退ける時
これこそ我が国の能化」申し給ひければ、今跡を垂れ給ふ。行人の信心深くして、心を一つにし
敬ふに、実ある時は感応ありて利益にあづかる。(無住「沙石集」巻第一ノ四 )

(昔、役行者が吉野山で修行をなさっていた時、釈迦の像を現じなさったので「この御姿ではこの国の衆生を教化するのは難しいでしょう。お隠れください」と申し上げたところ、次に弥勒菩薩の御姿を現じなさった。「やはりこれも駄目でしょう」と申された時、今の蔵王権現というおそろしげな形相の姿を現じなさった時、これこそ我が国を教化できるもの」と申し上げられたので、今、跡を垂れて出現していらっしゃるのである。修行する人の信心が深くて、心を一つにして敬うと、真心ある時は神が感応して、ご利益にあずかるのである。)

金峯山寺本堂・蔵王堂に来た。

三体の巨大な蔵王権現立像を安置する。

寺伝によれば、金峯山の山上ヶ岳(標高1719m)で衆生救済を祈願して、役行者(役小角、神変大菩薩)が混

迷する濁世を正すにふさわしい仏の出現を念じた。

最初に釈迦如来、次に千手観音菩薩、最後に弥勒菩薩が現われた。

役行者は優しすぎる三仏の姿に満足しなかった。

そこで、再度祈ると雷鳴と共に憤怒の形相の蔵王権現が出現した。

役行者は山桜の木に蔵王権現像を刻み、山上ヶ岳と吉野山の二ヶ所に安置した。

これが金峯山寺蔵王堂の起こりという。

本尊の三体の蔵王権現は秘仏で、普段は巨大な厨子の中に納まっている。

しかし、今年は3月31日〜6月7日の期間、仁王門修理勧進のため特別開扉している。

この為とGWの所為もあって、参拝者で賑わっていた。

なお、金峯山寺の蔵王堂は、山上ヶ岳の大峯山寺の「山上の蔵王堂」に対し、「山下(サンゲ)の蔵王堂」と

いわれている。

イメージ 1

                               蔵王堂(本堂)
入母屋桧皮葺 二階建てに見えるが裳階(モコシ)で、一重裳階付き、国宝
高さ34m、奥行き、幅とも36m、木造国宝建物としては東大寺大仏殿に次ぐ規模を持つ豪壮な建物。
役行者が創建し、行基が大改修したと伝わるが、現在の建物は天正20年(1592)再建
内陣では、厨子が開扉され、三体の蔵王権現立像が姿を見せた。
三体ともほぼ同じ姿である。
 ・三鈷杵(サンコショ、密教法具の一つ)を握った右腕を振り上げ、刀印(人差し指と中指をのばした剣の印)を結んだ左手を腰に当てている。
 ・右足は高く蹴り上げ、左足は磐石を踏む。
 ・全身は群青色に染め、火焔を背負い、髪を天を突くように逆立て、怒りの顔をしている。
中尊が約7.3m、向かって右の左尊が約6.2m、向かって左の右尊が約5.9mと、その巨大さと迫力で、圧倒された。
三体の蔵王権現は、元は中尊が釈迦如来、左尊が千手観音菩薩、右尊が弥勒菩薩である。
仮(権)の姿で現われたもので、過去、現在、未来の三世に渡る衆生救済を約束するものだそうだ。


イメージ 2蔵王堂外陣正面
大きな提灯が釣られた外陣から内陣に入る。
大提灯は近年新調されたものの様だ。
内陣では本尊の三体の蔵王権現立像以外にも、奥に諸仏が安置されていた。




イメージ 3韋駄天山頂上からの蔵王堂
南方の小丘「韋駄天山」の頂からも蔵王堂が眺められた。

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