ぶらりぶらり見て歩記

最初の目論見とは異なり、最近は寺社巡りが主になりました(^o^)

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春日の森から天理経由桜井まで山並みの西裾を南北に貫く古道「山辺の道」がある。

その入口近くにある新薬師寺から山辺の道を15分ほど南下すると白毫寺(ビャクゴウジ)参道入口前に来た。

入口には「眺めのよい花の寺」という看板が出ていた。

参道は階段になっており、両脇には萩がさかりだった。

その狭い参道を多くの観光客が行き交っていた。

白毫寺は東部山並の一つ高円山の麓に位置し、この高円の野に天智天皇の第7皇子・志貴皇子の離宮があ

り、その山荘を寺としたと伝わっている。

パンフレットによれば、当寺の草創については、天智天皇御願によるもの、勤操の岩淵寺の一院とするな

ど諸説があるが定かではないとのこと。

鎌倉時代中期西大寺で真言律宗をおこし、多くの寺を復興した叡尊が、当寺を再興し整備したといわれ

る。

弘長元年(1261)叡尊の弟子・道照が宋より大宋一切経の摺本を持ち帰り、一切経転読の基を開いたことか

ら、「一切寺」とも呼ばれる。

明応6年(1497)兵乱により殆どの堂宇が焼失するなど、度々兵火や雷火によりあったが、江戸時代寛永年

間に興福寺の学僧・空慶上人が再興した。

高台にある境内には、南北に一列に本堂ー御影堂ー宝蔵が建っており、その東側に不動明王、十王地蔵な

どの石仏が木の下に並べられ、石仏の路と称し散策しながら参拝することが出来るようになっていた。

西側には石庭となっておりそこからは奈良市街が一望で来た。

白毫寺の宝蔵には鎌倉時代の仏像が多く収蔵されていた。

入館すると向って右から太山王坐像、興正し菩薩叡尊坐像、伝文殊菩薩坐像(平安時代)、阿弥陀如来坐

像、地蔵菩薩立像、閻魔王坐像、司命像、司禄像(以上いずれも重文)が並んでいた。

本堂には阿弥陀如像(年代不明)の向って左側に勢至菩薩、右側に観音菩薩像が安置されていたが、両菩薩

像とも大和座りし腰をあげ、特に観音菩薩は片膝を立て、今にも立ち上がりそうな姿をしており、往生者

を浄土へ迎えることの臨場感を出していた。



イメージ 1 山 門
上り道参道の途中に建つ



イメージ 2 参 道
参道の両側に萩が植えられ、満開だった。



イメージ 3 本 堂
江戸時代建立 白毫寺再建時の建物と思われる。
柱間三間の身舎の四方に庇を回す三間四面の形式。
阿弥陀三尊像(阿弥陀如来、勢至・観音菩薩)の他、聖徳太子二歳像、不動明王などを安置していた。

御仏の 誓いも深き 白毫の お寺へまいるは たのもしきかな

山高き み寺のうちに あるほどは 我もしばしの 仏なりけり



イメージ 4 御影堂
江戸時代建立
中興の祖・空慶上人を祀る。





イメージ 5 多宝塔跡
境内の木陰の下にあった。
近くには椿の木があり、春には花を楽しませてくれるに違いない。





イメージ 6 不動明王石像
鎌倉時代作



イメージ 7 十王地蔵石像
室町時代作
矢田型と呼ばれる右手で印を結ぶ形、
光背に十王の浮彫りを配する。




イメージ 8 石 庭





イメージ 9 奈良市街眺望
石庭近くの展望台からなら市街が眼下に一望できた。

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