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最近には珍しい快晴の日、Bさんたちに誘われて、大阪湾の入り口にある友が島に行ってきた。
友が島は沖ノ島、地ノ島、神島、虎島からなり、厳密に言えば、その内の沖ノ島へいってきた。
和歌山市の西・加太港から渡し船で約20分、13時20分頃友が島(沖ノ島野奈浦桟橋に着いた。
沖ノ島は周囲約6.5㎞の無人島であるが、第二次大戦終了まで軍事要塞で、一般人は立ち入り禁止になっていた島だ。
戦後砲台などは破壊されたが軍事施設跡は残っており、土木学会選奨土木遺産に選ばれるなど近年再び注目されている。
ここから観光案内人の案内で、島の南半分約3.5㎞の散策コースを回った。
右手奥の小さな島は神島
桟橋近くに置かれてあった。
友が島第3・第4砲台に配備されていた8インチ砲の砲弾。
右の標柱には「由良要塞□□標識」「陸軍省明治32年8月」と刻んであった。
第二砲台跡遠望
第二砲台跡
危険なため立ち入り禁止
第一砲台へのトンネル
VOR(超音波全方位式無線標識)
山の頂上に築かれている現用の航空機用無線標識
友が島灯台近くの広場
ここを東経135度の日本標準時子午線が通る
背後の島影は淡路島
友が島灯台と銘板
明治3年(1870)リチャード・ヘンリー・ブラントンという英国人技師により着工、明治5年(1872)竣工点灯した。日本で8番目にできた洋風の灯台。
その後、灯台建設地一帯が軍事要塞地帯となり、砲台築造のため明治23年(1892)東側に移設した。
紀淡海峡を航行する船舶の「みちしるべ」としての大切な役割を今なお果たしている。
昭和55年(1980)改築しているがほぼ原形通りに保存しており、明治の洋風建築として数少ないものの一つである。
平成20年(2008)「近代化産業遺産」に指定 |
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2012年12月05日
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