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金の御岳(金峯山)は一天下、金剛蔵王釈迦弥勒、稲荷も八幡も木島も、人の参らぬ時ぞ無き (「梁塵秘抄」) 馬の背と呼ばれる尾根道の参詣道を下り、金峯山寺に入った。 逆順で歩いてきたので、当然金峯山寺にも逆順に巡ったのであるが、説明としてはややこしくなるので、 金峯山寺の稿のみ以下普通の参拝順に編集して記載する。 通常、(パンフレットに拠れば)近鉄吉野駅から歩いて約20分、ロープウェイなら約3分で山上に着く。 すぐに金峯山寺総門の黒門が出迎える。 そこから、風情ある門前町が続く、黒門から10分ほど歩くと、銅の鳥居を経て、仁王門に着いた。 仁王門は北面に向き重厚な姿で建ち、門の左右に立つ5mを超える仁王像の威容に圧倒された。 ほっとして周囲を見ると、西南方向に本堂の蔵王堂が目の先に建っていた。 金峯山寺の総門で城郭によく用いられる高麗門様式だ。 昔は公家、大名といえども、この門からは槍を伏せ、馬から下りて通行したという。 因みに、金峯山というのは吉野山から大峯山に至る峰続きを指し、修験道関係の寺院塔頭が軒を連ねていた。それらの総門がこの黒門だった。 現在のは昭和60年(1985)金峯山寺本堂・蔵王堂の大屋根大修理にあわせて改築されたもの。 建立年代不詳。重文 俗に、東大寺大仏建立の余銅で造立されたとの伝承がある。 現在のものは、正徳元年(1711)再建で銅製の鳥居としては現存最古のもの。 正面に「発心門」の額を掲げている。 山上ヶ岳(大峯山)にある山上蔵王堂までにある四つの門の第一門である。 即ち、この鳥居は俗界と浄域との結界であり、仏道修行を発心するところ、菩提心を起こすところとされる。 宮島の木の鳥居、四天王寺の石の鳥居と並んで日本三鳥居の一つとされる。 仁王門 庚正2年(1456)再建 重層入母屋造、棟の高さ20.3m 日本屈指の山門、国宝 本堂蔵王堂の東北方向に位置し、本堂蔵王堂は南に向くが、逆の北向きに建つ。 仁王像 南北朝時代、興福寺大仏師の庚成の作で、像高5mを超える檜材寄木造り 重文 像内の銘文により阿形像(右)は延元3年(1338)、吽形像(左)は翌年造られた。 仁王像完成直後、吉野潜行されていた後醍醐天皇は崩御されたことになる。 |
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2012年05月11日
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