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この春の連休の始め吉野に行った。 流石の吉野も桜はとっくに散ってしまって葉桜になっていることは、事前の確認で承知の上の事だった。 それでも行くのは、現在、金峯山寺蔵王堂では仁王門修理勧進のため、秘仏の蔵王権現像をご開帳してい るからだ。 勿論、ついでに吉野の新緑や史蹟や小院などを見て行くつもりだ。 ただ、連れがいるので、行動は相当制限されることだろう、ということは覚悟していた。 大阪阿部野橋から近鉄特急で1時間20分ほどで吉野に着いた。 吉野駅から中千本行きのバスがあったので、それにて中千本まで行く。 殆どの乗客は中千本から、奥千本行きのバスに乗り込んでいった。 我々だけが残り、ここからぶらぶらと蔵王堂に向かって歩き、時間があったら吉野神宮まで行くつもり だ。道は下り道のはずだ。 中千本から数分歩くと左手に竹林院があった。 大峯山寺の5護持院(竹林院、桜本坊、喜蔵院、東南院、龍泉寺)の一つで、有名な宿坊の一つだ。 バス停でいただいたパンフレットによれば大和三庭園の一つ「群芳園」があるという。 とにかく入ってみた。 聖徳太子が開創して「椿山寺」と称した。 その後、弘法大師が入り「常楽寺」と称したが、 至徳2年(元中2年、1385)後小松天皇の勅命により「竹林院」と改めた。 明治初年の神仏分離により明治7年(1874)廃寺となったが、その後復興。 昭和23年(1948)修験道宗系の単立寺院となった。 連休中は満室で、宿泊料も結構いいお値段だ。 宿坊玄関脇の道を通り奥に進むと、群芳園の入口があった。 拝観手続きをして中に入る。小規模な本堂の裏側に回ると池泉回遊式の庭園となっていた。 群芳園は、当麻寺中之坊、大和小泉の慈光院と共に大和三庭園に数えられている。 室町時代末頃、竹林院第21代住職祐尊が大峯山にも竹林院を建て、又山上の様子を下院に移して庭園を築 いた。 文禄3年(1594)太閤秀吉が吉野山観桜の際、千利休がそれまでのものに手を加え、今見られるような庭園 に改修したと伝えられるが、一説によると細川幽斎が改築したものと伝えられる。 庭園には椿や紅葉、馬酔木、などが植えられているが、中心に植えられているのは桜で、また、高台に上 っても周囲は桜で、桜の為の庭園の様だ。 新緑の庭園も美しかったが、やはり桜が咲いている季節が一番だろうと思わざるをえなかった。 不動明王、蔵王権現、役行者、弘法大師像を安置する。
群芳園
群芳園
群芳園
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