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猛暑の中に訪れた性海寺(ショウカイジ)は、山号が高和山と号し、高野山真言宗の寺院である。 天平2年(730)行基が、聖武天皇から下賜された香木に自ら如意輪観音菩薩像を刻み、これを本尊として開 基したという。 八幡宮を鎮守とする七堂伽藍が建立されたがその後荒廃した。 平安中期の白河天皇の時、東大寺の如幻上人が再建し、中興の祖となった。 戦国時代、羽柴秀吉の「三木攻め」の際、三木城の別所長治に味方した為、全山焼き払われた。 江戸時代に入り、三代将軍徳川家光により再建され、江戸中期には塔頭寺院が23ヶ所あったがその後衰退 し、現在は無住で塔頭の福智院、龍華院の2院が管理しているとのこと。 万治2年(1659)再建 内陣と外陣が格子で区切られ密教寺院の特徴を備えている。 外陣には隅に賓頭盧尊者がおかれ、上方に大きな黒馬を描いた絵馬が架けられていた。 内陣には向って左に弘法大師像、中央に「本尊を安置している厨子」、右に地蔵菩薩像が置かれていた。 外陣の隅に置かれてあった。 外陣の上方には大きな絵馬が掲げられていた。 内陣向って左側 秀吉の「三木攻め」の際、寺は焼き払われた。 その時、本尊は膝の部分が焼けただけで持ち出された。 播磨西国三十三ヶ所観音霊場第25番札所
内陣向って右側 神戸13仏 第5番地蔵尊 |
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2012年08月01日
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