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三時知恩寺を出て、同志社大新町校舎に沿って北に向い、上立売通りで左(西)に折れ、一本目の細い道 (新町通り)を北進すると、左(西)側に「光照院」という浄土宗の尼門跡寺院があった。 門前には「持明院仙洞御所跡」の標柱が建つ。 ここには北朝方の上皇が御所とした持明院(藤原基頼が邸内に安楽光院と呼ばれる持仏堂を創設し、 持明院と名付けた。文和2年/正平8年 1353 焼失、)があった場所ということだ。 門前の説明板によれば、 「光照院」は延元元年(1356)後伏見天皇の皇女・進子内親王が室町一条北に、天台・禅・律・浄土兼学の 道場として創建した。 応仁の乱後、現在地に移転した。 この地にもと持明院殿殿の持仏堂・安楽光院が建っていたため一時「安楽光院」と称した。 開山以来、代々皇女が法系を継ぎ、寛政元年(1789)光格天皇より「常盤御所」の称号を賜った。 その名にふさわしく代々の宮お手植えの五葉の松が書院の庭に繁りあっているのも類をみない美しさであ る、とあった。 しかし、非公開であるため、門前から本堂らしき建物に遥拝して過ぎた。 光照院門跡門前 門前に建つ |
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