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近鉄桜井駅で入手した「てくてくまっぷ」を片手に山の辺の道を歩く。 今日は、天理まで歩こうという気がなく、すぐ近くの三輪山までいければと思ってのんびりと歩いている ので、今まで歩いていて眼に入らなかったものが目に入るものだ。 たとえば、金屋の石仏を過ぎて山道を歩いていると左手に天理教教会の屋根が見え隠れする。 そして、崇神天皇磯城瑞籬宮(シキミズカキニミヤ)跡の看板が見えた。 これは山の辺の道から少し外れているので「てくてくまっぷ」には記載されていない。 そこで左(西方向)に折れるとすぐに史貴御県坐(シキノミアガタニマス)神社あった。 この地方を支配した磯城県主の祖・天津饒速日命(アマツニギハヤヒノミコト)を祀る神社で中に入って行くと拝殿の前 に崇神天皇磯城瑞籬宮(シキミズカキニミヤ)跡の碑があった。 実際の宮跡は西隣の天理教教会とその北隣の三輪小学校とも言われている。 境内は、人の行き交いが多い山の辺に道からほんの少し外れただけなのに、人気は全く感じられれず静寂 そのものの世界であった。 拝殿の奥には本殿が建っていた。 祭神は天津饒速日命(アマツニギハヤヒノミコト) 大正4年(1915)建立 この都につて「日本書紀」巻第五 崇神天皇に 「三年'(BC95)の秋九月に都を磯城(シキ)にうつしたまふ。 是を瑞籬宮(ミズカキノミヤ)といふ。」と記している。 |
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