ぶらりぶらり見て歩記

最初の目論見とは異なり、最近は寺社巡りが主になりました(^o^)

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山の辺の道を最後に歩いたのは20年近く前のことだ。

当時もハイキングコースとして案内標識等が整備されていたが、さらに整備が進み、山道がカラー舗装さ

れていた。(三輪山まで歩いた範囲であるが・・・)

方向音痴で早とちりしやすいため、道に迷いやすい:)にとってありがたいことだが、古道を歩くという

観点からは少しやり過ぎの様な気がする。

そんなことを思いながら歩いていると、ほどなく平等寺の山門前に来た。

平等寺は聖徳太子創建と伝えられ、江戸時代までは大神神社の3つの神宮寺の一つだった寺である。

因みに、3つの神宮寺とは、平等寺、大神寺(オオミワデラ 大御輪寺 現若宮社)、常願寺 である。

明治時代初め廃仏毀釈によって堂塔悉く整理をせまられて、一時衰退したが今日再び復興しつつある。

また寺号も昭和52年(1977)に平等寺に復している。





イメージ 1 山 門
旧平等寺の唯一の建物
山門左手に建つ鐘楼堂は昭和62年(1987)再建



イメージ 2 本 堂
昭和62年(1987)再建
本尊:徳太子自作と伝えられる十一面観音菩薩




イメージ 3 本堂須弥壇
本堂には聖徳太子自作と伝えられる本尊十一面観音菩薩、を始め
薬師如来、阿弥陀如来、地蔵菩薩、聖徳太子像を祀るという。
しかし、覗いたところ御前立の十一面観音菩薩像が目に入っただけだった。



イメージ 4 釈迦堂(二重塔)
平成16年(2004)800年振りに再建
中央に生身釈迦如来像、平等寺仏足石、インドダルマ、ラジカ寺院伝来の仏舎利を祀る。
釈迦堂の周りに十六羅漢石像が配置されていた。


イメージ 5 不動堂
中央に弘法大師自作と伝えられる三輪不動尊。
右に役行者、左に理源大師を祀る。
覗いてみたが、中が暗くて良く分からなかった。



イメージ 6 聖徳太子像
鐘楼堂近くに建てられていた。
聖徳太子が賊徒平定のため、三輪明神に祈願して平定した後、十一面観音を自ら彫り、寺を建立し大三輪寺と称したのがの始まりである。
鎌倉時代初期慶円上人を迎え、平等寺と改称した。

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