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2時間半ほどかけて三輪山を登拝した後、狭井神社の西側にある「大美和の杜展望台」に行った。 展望台からは大和盆地が一望でき、天香久山畝傍山耳成山の大和三山やその背後の金剛山、葛城山、 二上山が(写真には入ってない)などが手に取るように眺められた。 この後、試験合格の神様「久延彦神社」、摂社「若宮社」と回る。 大神神社二の鳥居に向かって坂を下りていくと左手に立派な門を備えた地蔵堂があったので寄っていた。 この位立派な地蔵堂であれば、普通何か面白い由来が記されているものだが、何もない。 TVコマーシャルで「自信があるから電話しません!」というのがあるが、それと同じだろうか? 子安地蔵のほか、ぼけ封じ地蔵、脳天地蔵の石仏が境内にあり、そちらの方も心配なので熱心にお参り しておいた。 ↓天香久山 金剛山↓ ↓畝傍山 ↓葛城山 ↓耳成山 ↓大鳥居 大美和の杜展望台からの眺望 大神神社末社 祭神:久延毘古命(クエビコノミコト) 知恵の神様、学業の守護神 「古事記」上巻に 此の神は足は行かねどもことごとに天の下の事を知れる神なり と記されている程知恵が大変優れている神様である。 試験合格、就職成就の祈願したダルマ型の絵馬がたくさん掛けられていた。 大神神社摂社 大直禰子神社(オオタネコジンジャ)ともいう 祭神:大直禰子(オオタネコ)の神孫 配神:少彦名命 活玉依姫命(イクタマヨリヒメノミコト) 奈良時代には大神寺、鎌倉時代は大御輪寺として本地仏・十一面観音(現在聖林寺に安置 国宝)と併祀されていたが、明治の神仏分離御は大直禰子神社として祀られている。 仏堂形式の社殿は重文 記紀によれば、大直禰子(オオタネコ)は大物主大神と、陶津耳(スエツミミ)の娘・活玉依姫(いクタマヨリヒメ)の間の子の子孫。 古事記によれば、大物主大神から数えて5代の末裔 崇神天皇が夢告により、茅渟県(チヌノアガタ)の陶邑(スエノムラ)の大直禰子を召して大物主大神を祀る神主とした。 中央:子安地蔵菩薩 右脇壇:十一面観音菩薩 左脇檀:不動明王 |
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2013年05月12日
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