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円成寺は奈良から柳生の里に通じる国道369号の中ほどの山間にあった。 山号は忍辱山(ニンニクセン)、現在は真言宗の寺院である。 天平勝宝8年(756)開創との説もあるが、万寿3年(1026)命善上人が十一面観音を祀る堂を建てたことに 始まるとされている。 平安時代末期迎摂(コウショウ)上人が阿弥陀如来像を本尊とする阿弥陀堂を建立した。 その後衰退していたが、仁平3年(1153)寛遍僧正が伽藍を一新し、真言宗に改宗し栄えた。 文正元年(1466)兵火で主要伽藍が焼失したが、寺中の知恩院主・栄弘により、現本堂や櫓門が再建され た。 江戸時代には幕府から寺領235石が与えられ優遇されたが、明治に入り、神仏分離・廃仏毀釈により衰 退した。 大正時代に堂宇の解体修理を機に、庭園・仏像などの整備復興がなされた。 奈良の観光地から外れているためか、それとも平日の所為か、訪れる人は少なく が訪れた時は、ひっそりと静けさに包まれていた。護摩堂 平成6年(1994)改築 中央に不動明王立像、向かって左に僧形文殊坐像(鎌倉時代) 右手に弘法大師像を安置。 本 堂 室町時代再建 重文、 本尊阿弥陀如来坐像(平安時代 重文) 昭和33年(1958)解体修理により創建当初の平安時代後期の様式で再建されたことが分かったそうだ。 本尊阿弥陀如来像の前の4本柱には25菩薩の聖衆来迎図、即ち臨終の際の極楽浄土からのお迎えの様子がえがかれている。 阿弥陀如来像の四方には四天王像(重文 鎌倉時代)が置かれていたが、姿形色などが暗くて良く分からなかった。 後方に南無仏太子像(鎌倉時代),旧本尊十一面観音像などが安置してあった。 春日堂、白山堂 春日大明神(向かって左)、白山大権現(右)を祀る円成寺の鎮守社、日本最小の国宝建築物 本堂東の石垣の上に並んで建てられている。 鎌倉時代の安貞2年(1228)春日大社造営の際、旧社殿を拝領して円成寺の鎮守社として祀った。 「堂」と名付けられているのは、明治の廃仏毀釈の際に取り壊しを免れるためだったとも言われている。 江戸時代の延宝3年(1675) 春日・白山堂拝殿の東隣に位置する 宇賀神本殿 鎌倉時代の建物 重文 宇賀神を祀る。 春日・白山堂の東側、 覆い屋がを掛けられた小社殿、春日造社殿の向拝を唐破風としている 寛政3年(1791)の「大和名所図会」には「弁天}と記されている。 |
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2013年05月21日
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が訪れた時は、ひっそりと静けさに包まれていた。


