ぶらりぶらり見て歩記

最初の目論見とは異なり、最近は寺社巡りが主になりました(^o^)

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名古屋市営地下鉄東山線「覚王山」駅で下車、1番出口から外へ出る。
近くに日泰寺参道が北に延びていた。
 
参道は21日の「弘法さん」と呼ばれる縁日は賑わうが、今は静かだ。
徒歩約10分で日泰寺山門に至る。そこより右に折れるとすぐに楊輝荘(ヨウキソウ)北園に着いた。
 
ここ楊輝荘(ヨウキソウ)は、伊藤呉服店15代で松坂屋初代社長伊藤次郎左衛門祐民が、大正から昭和初期に建設した別邸である。
 
昭和14年(1939)には完成し、約1万坪の敷地に30数棟の建物が立ち並び、池泉回遊式の庭園に茶室だけでも10点在したという。
 
かっては各界の要人や文化人が往来する迎賓館、社交場として花やぎ、またアジア留学生が寄宿して国際的なコミュニティーを形成した場所であった。
 
しかし、昭和20年(1945)空襲で多くを消失し、戦後、主要建物である「聴松閣」は米軍司令官用宿舎として接収(昭和27年返還)された。
 
その後、荒れていた庭園敷地の多くはマンションが建てられた。
 
楊輝荘の名残は現在の北園(6,500㎡)と南園(2,700㎡)が残るのみとなった。
 
平成19年(2007)名古屋市に寄贈され、北園が暫定公開を始め、今年9月には南園を公開予定とか。
 
知人Uが、土日休日に、ボランティアガイドをしている。
Uの案内で庭園内をまわった。
 
北園は修学院離宮を模したといわれる池泉回遊式の庭園で、今は湧き立つような新緑を楽しめた。
他の季節でも四季折々の美しさのある庭園のようだ。
 
建物としては、池に架かる白雲橋、茶室の三賞亭、Bangalowをもじった名で和様折衷の建物「伴華楼」などがあった。
 
 
 
イメージ 1
北 園
 
 
 
イメージ 2
北 園
伴華楼で創建頃の写真を見ると、池に釣り舟を浮かべていた。
 
 
イメージ 4
 
北 園
 
八丈島石臼を使った階段の通路と趣向を凝らしていた。
昭和14年」ころの配置図を見ると、今写真を撮っている場所、池の中島に「八丈島四阿」があった。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
イメージ 5
 
円形野外ステージ
鉄平石を貼った各席のある多目的野外劇場
ステージを建てて種々なイベントを行い、観劇、園遊会で賑わったという。
北側の物置を改造した野点の水屋とともに新しいイベント会場の再構築が進められている。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
イメージ 6
白雲橋
修学院離宮の千歳橋を模したと言われる廊橋。
屋根は緑漆瓦で一部銅板葺となっており、千歳橋は杮葺きである。
北側(写真右)の天井には祐民が描いたという龍の天井絵があった。
入口通路の外壁には五色玉石多用されている。
 
 
イメージ 7
 
白雲橋内部
 
天井の木組み
手彫りの白木擬宝珠
無双窓
などに趣向を凝らしている。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
イメージ 8
三賞亭
林間に建つ茶室
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
イメージ 9
北園と三賞亭
三賞亭は、大正7年(1918)茶屋町(現 中区丸の内2丁目)の伊藤家本宅より移築したもの。
煎茶の茶室で、丸窓竹の長押など趣向が見られる。
 
 
イメージ 3
三賞亭内部から
 
 
 

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