ぶらりぶらり見て歩記

最初の目論見とは異なり、最近は寺社巡りが主になりました(^o^)

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うすくち龍野醤油資料館近くに「如来寺」という寺院があり、その周辺も境内も風情ある雰囲気を醸し出

していた。

山号を「松龍山」と号し、西山浄土宗に属する寺で、開基は天文2年(1533)、当案賢正商人開基である。

境内を覗いてみると、江戸時代からの建物の本堂、山門、鐘楼堂があり、ほかに地蔵堂、開山堂が並んで

いた。

本堂の(向かって)右前には三木露風の筆塚と歌碑が並んでいた。

暑い盛りの時とあって、人影はなく、背後の鶏籠山(ケイロウザン)の緑がまぶしかった。



イメージ 1 如来寺概観



イメージ 2 如来寺山門
享保15年(1770)建立



イメージ 3 鐘楼堂
文化3年(1806)建立
平成2年(1990)大修理、梵鐘鋳造




イメージ 4 本堂
寛文6年(1666)再建
本尊:阿弥陀如来




イメージ 5 イメージ 6
                           三木露風 歌碑と筆塚
昭和41年(1966)建立 
歌碑:松風の清きみ山に ひびきけり 心澄むらん 月明らけく
筆塚:露風愛用の筆が埋められている



イメージ 7 地蔵堂
定印を結んだ地蔵菩薩坐像を中心として千体地蔵菩薩立像が安置してあった。



イメージ 8 イメージ 9
                                 開山堂
上段に釈迦三尊像(釈迦如来、普賢菩薩、文殊菩薩)、四天王像、写真には写ってないが釈迦十大弟子が、
下段に開山賢正上人像が 安置してあった。

寺伝によると、延文元年(1356)神岡郷大住寺(現 たつの市神岡町)に創建された喜多野氏の菩提寺・大義

寺が、嘉吉の変(1441)の後、山名軍の兵火で焼失した。

その際、本尊は炎の中より救出され、近くの池に鎮められ難を逃れた。

後になって、池より仏像は掘り上げ、賢正上人に託し、天文2年(1533)内山城主・塩津新左衛門等によって

龍野の地に如来寺を開いたと言われている。

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