ぶらりぶらり見て歩記

最初の目論見とは異なり、最近は寺社巡りが主になりました(^o^)

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車折神社から西へ400mほど嵐電の線路に並行して歩くと鹿王院に突き当たった。

南側の山門の脇の通用門から入り、緑豊かな美しい通路を北に歩くと中門、庫裏へと着いた。

訪れたのは10月中旬であったので境内は緑が濃かったが、紅葉便りが聞かれる今では相当紅葉になってい

るのではないかと思う。

庫裏で拝観をお願いし、客殿、本殿、舎利殿と回った。

客殿から眺める本庭は風格のある古木の中に蔵堂、舎利殿、本堂の配置そして嵐山の借景となかなか

良かった。



鹿王院は覚雄山と号し、臨済宗の寺院である。

康暦2年(1380)足利義満が春屋妙葩(普明国師)を請じて、この地に大福田宝幢禅寺を建立し、その境内に 

春屋の為に嘉慶元年(1387)開山堂を建たのが起こりである。

その際、後方の山より野鹿が現れたので鹿王院称した。

宝幢禅寺は京刹の5位に位し、近在の天龍寺、臨川寺と並び威容を誇ったが、応仁の乱で焼失退転して、

鹿王院に合併された。

寛文7年(1667)に至り、酒井忠知(徳川家康の最古参譜代で出羽鶴岡藩14万石藩主酒井忠次の五男)の子・虎

岑(コシン)が堂宇を再建し現在に至っている。


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                             山門とその扁額
山門に掲げられている「覚雄山」の扁額は義満の筆。




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                             山門から中門に至る通路
山門から中門まで樹木が茂り青苔の路が続いていた



イメージ 4 中門



イメージ 5 庫裏





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                              客殿とその扁額
客殿正面に掲げられている「鹿王院」の扁額は義満の筆 前に本庭が広がる。


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                                  本 庭
客殿南前に広がる本庭は宝暦13年(1763)頃作庭したもの。 白い建物は蔵堂


イメージ 9

                                舎利殿と本堂
本庭の南西隅に舎利殿、西隅に本堂(仏殿、開山堂)が建つ。舎利殿を中心に作庭されており、背後はるかに嵐山が望まれる。

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