ぶらりぶらり見て歩記

最初の目論見とは異なり、最近は寺社巡りが主になりました(^o^)

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先週の土曜日、紅葉を楽しもうと紅葉でも有名な多武峰の談山神社に入ってきた。

談山神社へは、JR桜井駅駅前から、かの十一面観音で知られる聖林寺経由して談山神社に行くバスがある

のでそれを利用した。

丁度紅葉シーズンとあって、観光客が多くあり、立つ羽目になったが、所用時間は約30分であった。

境内には売店などはないので、バス停近くの売店で弁当飲み物を買いこんだ。

バス停を少し下り、幸神橋を渡ると談山神社境内だ。

総社拝殿、権殿、十三重塔、神廟拝所あたりの紅葉が目に入った。

神廟拝所の北(山側の一段高いところ)祭神・藤原鎌足塔婆・十三重塔が建ち、その先御破裂山(607)山上に

鎌足の墓がある。

 
紅葉を鑑賞しながらまず神廟拝所内に入った。

神仏習合時代の梵鐘、鎌足・不比等の神像、勝軍地蔵、狛犬など展示あるいは安置していた。



イメージ 1

                                紅葉の風景
幸神橋辺りからの眺め WEBでは見ごろとなっていたが少し早いかも。




イメージ 2  末社・祓戸社
生垣のドウダンツツジの紅葉が美しい



イメージ 3

                                 蹴鞠の庭からの風景
高台左手は権殿(重文)、中央は談山神社のシンボルでもある十三重塔(重文)右手は神廟拝所(重文)
蹴鞠の庭は、神廟拝所(西側)、権殿(北側)、総社拝殿(西側 写真には入ってない。)に囲まれた広場。



イメージ 4

                                 権殿前から神廟拝所周囲の紅葉
高台の権殿前から神廟拝所を眺めた



イメージ 5  神廟拝所(旧講堂)
元は藤原鎌足の長子・定慧が白鳳8年(679)父・鎌足の供養のため創建した妙楽寺の講堂。
現在のものは寛文8年(1668)再建(重文)
因みに、明治の神仏分離の際、本尊の阿弥陀三尊像は安倍文殊院に移された。



イメージ 6  梵鐘
西側出入り口近くに展示
元亨3年(1323)の銘があり更に応永23年(1416)の追銘ある。
元念誦崛(ネズキ)の経堂にあったもの。




イメージ 7  藤原鎌足公神像・不比等像・勝軍地蔵像
藤原鎌足公神像(中央)は薄い布で遮られていた。
不比等は鎌足の次男
勝軍地蔵は鎌足の同体神として信仰
室町時代像造


イメージ 8  狛犬と神号銅額
木像狛犬一対:玉眼、寄せ木造で、運慶作と伝えられている。
「談峰大権現」御神号銅額:平安時代醍醐天皇(在位897〜930)より祭神・藤原鎌足に賜った神号で銅額に仕立てた。原本の墨書は安永5年(1776)輪王宮公尊法親王により染筆。



イメージ 9  許由・巣父故事図
萩原盤山(1772〜1847)筆 六曲一双 墨絵
「がんばれ東北!」特別展観
中国古代の隠士・許由(キョユウ)がその才が認められ、帝・堯(ギョウ)から天下を譲ろうと言われた。
それを聞いた許由は耳が汚れたと言って頴川(エイセン)の水で洗った。
そこを通りかかった巣父(ソウホ)は、許由が汚れた耳を洗って潁川の水が汚れたと言って、牛に水を飲ませずに立ち去ったという故事を描いたもの。

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