ぶらりぶらり見て歩記

最初の目論見とは異なり、最近は寺社巡りが主になりました(^o^)

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今度は境内の東側を巡る。

本殿を挟んで東西に校倉造りの宝庫が建ち、その東に、縁結びの神の恋神社(東殿、若宮)が鎮座してい

た。

更に進むと観音堂がポツリと建っていた。

この辺りに来ると紅葉はほとんどない。

薄暗い杉林の中を東に数分歩くと小さな祠が3つ並ぶ三天稲荷神社が鎮座していた。

この辺りは観光客や参拝者の姿はほとんど見られなかった。


イメージ 1 イメージ 2
                             西宝庫と東宝庫
元和5年(1619)造営 東西同形式の校倉造り 重文   宝物は現在各博物館に寄託中



イメージ 3  摂社・東殿(恋神社、若宮)
祭神:鏡女王(カガミノオオキミ)
    定慧(ジョウエ)
    藤原不比等
元和5年(1619)造営の談山神社の本殿を寛文8年(1668)移築したもの。
縁むすびの神として信仰あつい。




イメージ 4  鏡女王像
東殿正面に斉藤哲夫作の鏡女王像が安置してあった。



イメージ 5  東殿絵馬
縁むすびの神として信仰されているので絵馬もそれに合ったものになっていた。



イメージ 6  むすびの岩座(イワクラ)
東殿のすぐ近くにあった。
談山神社の前身である妙楽寺の講堂を建てる時、光ったと言われる石。
神の鎮まる岩座(イワクラ)といわれ信仰されてきた。
岩を撫で祈願すると霊験あらたとか。



イメージ 7  観音堂
「如意輪観音」の額が懸かる。
談山神社は、神社としては珍しく如意輪観音坐像を安置する。
談山神社2で述べたように談山神社は鎌足の長子・定慧が父の為に建てた妙楽寺と一体であった。
しかし、明治初年の神仏分離により神社として独立した。
それにともない、仏像は寺外に出されたが、この如意輪観音坐像だけは残された。
それは、この像が寺の開基である定慧が唐より請来したものと信じられたためらしい。
扉は閉じられており、仏像に拝することはできなかった。



イメージ 8  三天稲荷神社
祭神:宇賀魂命(ウカノミタマノミコト)
    菅原道真
    市杵島媛命
古来、商売繁盛、学業成就の霊験あらたかな神として知られる。

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