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拝殿・本殿を見た後境内の小さな社を参拝しながら白幣山の奥ノ院に行った。 奥の院へは山道を10分ぐらい歩いたところで、途中に御師か社家の家だったらしい廃屋があった。 白幣山頂上は、周囲が木々で視界が遮られ残念なが眺望と言う訳にはいかない。 この場所は、前稿で述べたように、右大臣吉備真備が最初に社殿を造営した地である。 現在は吉備神社と吉備神社仮宮、荒神社があった。 帰りに途中から少し道を変えていくと薬師堂が建っていた。 この辺りにも神仏習合の匂いがプンプンした。 特に11社の社殿は姫路市の指定文化財となっている。 いずれもが江戸時代の神社本殿建築で17世紀前半の荒神社から19世紀後半の熊野権現まで江戸時代の全時 代を通じた遺構群である。 各建築とも小規模であるが造作は丁寧で、時代のと特徴をよくあらわし、技法・建築史的にすぐれたもの だそうだ。 拝殿の東(向かって右)側に鎮座していた。 祭神:応神天皇神功皇后 建立時期:正徳元年(1711) 社殿形式:一間社流造 銅板葺 本殿北側の摂社・末社群 本殿の背後(北側)には次の7社があった。 天神社 : 菅原道真 享保9年(1724) 一間社流造 本瓦葺 庚申社 : 猿田彦命 天鈿女命 寛延4年(1751) 一間社流造 本瓦葺 山王権現社:金比毘古神 安永6年(1777) 一間社流造 本瓦葺 稲荷社 : 倉稲魂命 宝暦11年(1761) 一間切妻造 本瓦葺 大鬼社 : 伊弉諾命 享保20年(1735) 一間社流造 本瓦葺 熊野権現社:菊理媛命 速玉男命 瀬織津媛命 慶応4年(1868) 三間社流造 本瓦葺 冠者殿社: 神皇彦霊神 高皇彦霊神 木花咲哉神 19世紀初頭 一間社流造 本瓦葺 白幣山頂上に向かう途中にあった。 祭神:素戔嗚尊の荒御魂 建立時期:17世紀後半 社殿形式:一間社隅木入春日造 杮葺 吉備神社仮宮の裏側にあった。 祭神:広峯神社を創建した吉備真備 社殿形式:一間社流造 檜皮葺 建物は比較的新しい。 扉の隙間から覗くと薬師如来座像が安置してあった。 境内建物配置図 |
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2013年12月18日
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