ぶらりぶらり見て歩記

最初の目論見とは異なり、最近は寺社巡りが主になりました(^o^)

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堀川通りの「寺之内バス停」で降り、東西に通る「寺之内通」を東に向かう、表千家会館、数日前訪れた

「宝鏡寺」を過ぎると、「妙顕寺」が建っていた。

妙顕寺は、正しくは四海唱導妙顕寺というそうで、山号を具足山と号する日蓮宗の大本山の一つである。

門前の説明板によれば、日蓮聖人の孫弟子にあたる日像上人が、元亨元年(1321)に京都における日蓮宗

最初の道場として創建したのが当寺の起こりである。

建武元年(1334)後醍醐天皇から法華宗号と勅願寺の綸旨を受け、法華宗最初の勅願寺として宗門の第一位

に認められた。

しかし、度々の法難と災禍により寺地を転々とし、天正11年(1583)豊臣秀吉の命により西洞院二条の旧地

から現在地に移された。

その後、天明8年(1788)で焼失したが天保5年(1834)に再建されている。

観光寺院ではないので、境内には観光客の姿はなく、堂宇の説明板もない。

WEBを調べると妙顕寺のHPが見つかり、そこには寺の歴史や建物についての丁寧な説明もあった。

それ故、HPの紹介し、これ以上御託を記すのはやめておく。

なお、東隣に塔頭の一つ・泉妙院があり、そこには尾形光琳・乾山の墓があるが非公開で、門の隙間から覗

き見するだけだった。


イメージ 1大 門
向かって左柱には「門下 唯一 勅願寺
    右柱には「大本山 妙顕寺」と記されている


イメージ 2本 堂
大門を入って正面に建つ
天保元年(1830)上棟



イメージ 3三菩薩堂
大門に入ってすぐ右手に建つ
日蓮、日朗、日像の三人を祀る
天明8年(1788)の直後に仮本堂として再建された。
奥に三者の舎利を奉安する御真骨堂が建っている


イメージ 4尊神堂
三菩薩堂の北側に建つ。
鬼子母神を祀る
右手(南側)に三菩薩堂、御真骨堂の一部が写っている。



イメージ 5壽福院塔
本堂右手奥に建つ多重石塔
寛永5年(1628)加賀藩主・前田利家の室・福壽院日栄の寿塔
左手に唐門その奥に客殿の屋根が覗いている。
境内の一部で工事がなされており、その関係の車が手前に駐車していた。


イメージ 6妙泉院
妙顕院の塔頭の一つ
尾形光琳・乾山および一族の墓があるが境内は非公開
向かって右に、尾形光琳・乾山の墓がある経緯が石板に刻まれており、
手前に標柱が立っていた。


イメージ 7門前の標柱
妙泉院門前に建つ標柱
尾形光琳 尾形家一族 乾山 菩提所」と刻んである


イメージ 8妙顕寺HP
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