ぶらりぶらり見て歩記

最初の目論見とは異なり、最近は寺社巡りが主になりました(^o^)

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余りにも暑い日が続く。

田舎に出たら少しは涼しかろうと思い、岡山県東境の備前市にある閑谷学校へ行ってみた。

閑谷(シズタニ)学校は、池田光政が建てた藩校で、国宝の講堂を始め多くの重文の建物が残る。

神戸からは、相生にて乗り換えがあるもののJR山陽線で約2時間ほどで、最寄駅であるJR吉永駅で下車。

一日に2便しかないバスに、たまたま乗り事が出来、約10分ほどで閑谷学校前に着いた。

陽はがんがん照り、街中と同じように暑い。

それに、ここは周囲が山の所為か風が全くない。

汗がじわじわ出てくるので、たまらず、自販機でポカリスエットを買って閑谷学校に向かった。

閑谷学校は、バス停から数分のところにあった。

学校の前には泮池(ハンチ)と呼ばれる四角い池がありそれに架かる石橋を渡ると、校門の前に来た。

閑谷学校は、2m程高さで、頂分部がかまぼこ型の石塀に囲まれている。

これは日本ではあまり見かけない。

石塀は数か所に備前焼瓦を葺いた門を構えて、また、内部の建物の備前焼瓦を葺いた屋根が覗く。

重厚感のある石塀は、備前焼の屋根瓦と共に独特の景観を演出していた。

校門は、屋根に鯱を載せた一番立派な門で、そこを右に折れて神社門から入った。



イメージ 1泮池(ハンチ)・石橋
いずれも重文
中国上代の諸侯の学校である頖宮(ハンキュウ)の制に擬してつくられたもの。
泮池は幅7m、長さ80mの長方形




イメージ 2石塀と門
元禄14年(1701)完成 重文
石塀は「切り込み接(ハ)ぎ」法で造られている
校門の左右から出て閑谷学校のすべての施設を囲み全長765mに及んでいる。
河内屋治兵衛を棟梁とする石工集団が築いたもので、内部には洗浄した割栗石を詰めて排水を助けているそうだ。
門は東から、「神社門」、「校門」(重文)、「公門」(重文)、「飲室門」(重文)と(写っていないが)資料館前の「校尉門」がある。





イメージ 3神社門
閑谷神社の正門
ここから構内に入り受付を済ます。




イメージ 4

                                  校 門
貞享3年(1686)造営 重文
聖廟の正門で閑谷学校の正門でもある。 「閑谷学校」の額が中央に懸かる
両脇に花頭窓のある付属屋を付け、入り口も上端の隅を丸めた花頭口にするなど中国の建築様式を模している。
大棟の両端に一対の鯱を載せているのは、この門だけ。
別名「鶴鳴門」とも呼ばれる。
中国最古の詩篇である「詩経」の中の詩に因んでいるとも、桟唐戸の開閉に鶴の鳴く声に似た音が出るということからともいう。
いずれにせよ、江戸時代、明治時代の資料や文献にはこの「鶴鳴門」の呼称は登場しておらず、昭和初期からのものであろう。


イメージ 5公門
元禄14年(1701)の時点で設置  重文
講堂正面に位置し、藩主臨学の際使用される門
別名 御成門
本柱の後に控柱2本建てて切妻屋根を載せる藥医の様式の門
門の手前に昭和天皇お手植えの「楷(カイ)」が大きく繁っていた。



イメージ 6 飲室門
重文
日通いの生徒や毎月一日の朱文公学規講釈に出席する聴講生が出入りする通用門





イメージ 7

             「                    主要建物
石塀(重文)の中に「飲室」、「習芸斎」、「小斎」(いずれも重文)、「講堂(国宝)」が建っている。
左手前の門は「飲室門」の一部、写真には写っていないが、講堂右(東方向)の高台には「聖廟」、「閑谷神社」(いずれも重文)が並ぶ。

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