ぶらりぶらり見て歩記

最初の目論見とは異なり、最近は寺社巡りが主になりました(^o^)

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神社門より校内に入る。

芝生の広場の北側の高台に聖廟と閑谷神社が並んで建っている。

閑谷学校では儒学(朱子学)を教えていた。

儒学の祖・孔子を祀る聖廟と、その東側に閑谷学校を創設者であり、岡山藩藩主の池田光政を祀る閑谷神

社が、学校を見下ろすように並ぶ。

聖廟外門前、石階途中の両側に、大きく繁った一対の楷が植えられている。

大正4年(1915)白沢保美博士が中国山東省曲阜の孔墓の楷の実を持ち帰り育苗した。

大正14年(1925)そのうちの2本が寄贈されたもので、秋には美しい紅葉になるとか。

聖廟(重文)、閑谷神社(重文)とも、建物は白漆喰の練塀に囲まれた中に建っている。

まず、閑谷神社と聖廟を参拝。

イメージ 1

                              聖廟・閑谷神社前景
孔子を祀る聖廟(左)、閑谷学校を創設した池田光政を祀る閑谷神社(右)が並ぶ。
写真では良く分からないが、閑谷神社は聖廟に比べ1mほど低い位置に建てられている。

聖廟では、石橋、校門を含め、石階、外門、中庭、東・西階、大成殿、聖龕(厨子) 、繫牲石(ケイセイイシ)、文庫、厨屋、練塀が重文
閑谷神社では、石階、中門、拝殿、幣殿、本殿、神庫、繫牲石(ケイセイイシ)、練塀が重文となっている。




イメージ 2 閑谷神社中門
貞享3年(1686)創建
閑谷学校の創設者で岡山藩主の池田光政を祀る。
光政の諡に因んで「芳烈祠」または、聖廟の東に位置するので「東御堂」と呼ばれていた。
明治8年(1875)神社に格付けされ、「閑谷神社」と改称した。




イメージ 3 閑谷神社拝殿
閑谷神社では、石階、中門、拝殿、幣殿、本殿、神庫、繫牲石(ケイセイイシ)、練塀が重文となっている。
写真には写っていないが、
拝殿の左側に神庫が建ち、
その奥(本殿の左)に繫牲石(ケイセイイシ)が立っていた。




イメージ 4 閑谷神社全景
背後から撮ったもので、手前が本殿、続いて幣殿、拝殿、中門となっている。
本殿には宝永元年(1704)鋳造された衣冠束帯姿の光政の金銅製坐像が安置されているとのこと。



イメージ 5 聖廟外門
聖廟では、石橋、校門を含め、石階、外門、中庭、東・西階、大成殿、聖龕(厨子) 、繫牲石(ケイセイイシ)、文庫、厨屋、練塀が重文
外門の正面は中庭
向って左の練塀越しに厨屋が覗いている。



イメージ 6 中庭、東階、大成殿
外門正面に中庭、奥に西階と東階が続き、最奥に大成殿が建つ。
大成殿には孔子像を安置する聖龕(厨子) が置かれている。




イメージ 7 聖龕(厨子)
大成殿の中央に位置する。 重文
中に元禄14年(1701)鋳造の孔子像が安置されている。
残念ながら閉じており拝観できず。



イメージ 8 繫牲石(ケイセイイシ)
大成殿の向かって左(西側)に立つ。
孔子を祀る釈奠(テンセキ)に供える「いけにえ}の生き物を繋ぐ石柱。
閑谷学校では蔬菜を中心とした釈菜(セキサイ)を行うので形式的に配置しているだけという。
なお、繫牲石(ケイセイイシ)の南側に漆喰塗の文庫、厨屋が建っていた。

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