ぶらりぶらり見て歩記

最初の目論見とは異なり、最近は寺社巡りが主になりました(^o^)

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岩が屏風か(チョイト) 屏風が岩か
 
 海女の口笛 東尋坊(チョイ チョイチョイ)
 
東尋坊(チョイト) ホイ東尋坊
 
 海女の口笛 東尋坊(チョイ チョイチョイ)    ( 「三国節」より )
 
 
 
三国から京福バスにて東尋坊に向かう。 
 
意外に近く、10分ほどで東尋坊に着いた。
 
下りた観光客はのほかには5,6人のおばちゃんグループだけだった。
 
バス停近くの土産物屋に荷物を預け、かの断崖絶壁に向かった。
 
観光客目当ての土産物、海鮮物を売りにした飲食店が軒を連ねる道を5分ほど歩くと、視界が開け断崖絶壁が現れた。
 
の勝手な思い込みでは、日本海側の海岸といえば、雲が低くたれこめ、風が断続的に強く吹き、日本海の荒波が岩壁を洗う冬の光景である。
 
しかし、今、目の前にしているは、真逆の太陽の光ががんがん照りつける晴天、静かな碧い海、穏やかに押し寄せる波の夏の光景であった。
 
路線バスでの観光客は少なかったが、岩壁には意外に観光客、それも子供連れが多かった。  自家用車で訪れる人が多いのだろう。
 
断崖絶壁は、今はどうか知らないがかっては自殺の名所でもあった。
 
東尋坊は、高さ数十丈の岩壁が日本海へそそり立つ北陸地方最大の景勝地だが、、同時に自殺の名所でもある。
あの岸壁から飛び込めば、途中気を失って意識不明のままあの世へ旅立てるということで、自殺者の魅力をそそるらしいのである。(司馬遼太郎「大阪商人」)
 
 
今でも、TVのサスペンス物の最後の場面の舞台として登場する事が多いようだ。
 
近くに立っている説明板によると、
この断崖絶壁は今から約1200〜1300万年前の新生代第三紀中新世の火山活動で地中のマグマが、礫岩、凝灰岩、泥岩、砂岩からなる堆積岩層(米ケ脇累層)の中に貫入し、冷え固まってできた火山岩である。
約50万年前頃隆起し、日本海の波浪により、柔らかい堆積層が浸食され、地表にでらものであるという。
 
この火山岩は白色の「斜長石」や暗緑色の「普通輝石」、「紫蘇輝石」の斑晶を含む安山岩(日本では極普通に見られる火山岩)である。
 
この火山岩はマグマが冷え固まる時できる柱状節理が良く発達している。
三国節で「岩が屏風か 屏風が岩か」と唄われるように切り立った屏風状の岩となっていた。
 
大池と呼ばれる入江を取り囲み、高さ約25m、周囲約150mの海食崖が最大の見どころであった。
 
近くにはハマゴウなどの海浜植物が花を咲かせていた。
 
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名前不詳
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
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ハマゴウ
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
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ツリガネjニンジン?
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
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カワラナデシコ?
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
東尋坊の名の由来は「帰鴈記」という書物によると、
昔勝山の平泉寺(ヘイセンジ)に東尋坊という弁才強力の悪僧がいた。
一山の僧徒は彼を日頃から非常に憎んでいたので、ある日三国海岸見物にことよせて東尋坊を誘い出し、宴を設けてしたたか酒を飲ませ、岩場から突き落として殺してしまった。
しかし、東尋坊は悪霊となり、風雨を起し雷となって多くの人々を殺傷したので、その名が生まれたものといい、今でも、毎年4月5日の命日にはこの辺りは荒天になると言い伝えられている。

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