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小川通りを京都駅に向かって南に下っていると、楽美術館の案内標識があったので寄ってみることにし た。 小川通りより1筋東(堀川通りより一筋東)の油小路通りに移り、南に下ると、古い民家風の建物があり、 塀の脇に{楽焼窯元・楽吉左衛門宅」の標柱が建っていた。 その南隣に「楽(樂)美術館」が建っていた。 焼き物に疎い は、楽焼といえば、素人などが作る低温度で焼いた陶器というイメージを持っていた。だが、なかなかどうして、そんな軽いものではないらしい。 楽焼は千利休が創出したといわれ、ろくろを使わず指頭で成形し、低温度で焼く。 茶碗、水指、花入れ、香炉などがつくられ、殊に茶の世界では大きな位置を占めているようだ。 楽家本流の作品のほか、光琳や乾山などに優れた作品があるという。。 天正年間(1573〜92)瓦職にの長次郎が千利休の指導により、豊臣秀吉が建設した聚楽第から掘り上げた土 を使って焼いたのが始まりとされる。 二代常慶が秀吉から「樂」の字の印を賜り以来家号としたという。 楽美術館では、楽家に伝わる歴代作品を中心に茶道工芸美術品を多数展示したいた。 近くで、茶会などの催しがあったのだろうか、和服姿の妙齢な御婦人方が多く来ていて、お化粧の匂いを ぷんぷんさせていた。 「楽焼窯元・楽吉左衛門宅」と刻まれていた。 楽焼窯元・楽吉左衛門宅の南隣に建っていた。 休憩所から眺められる中庭。 奥が楽焼窯元・楽吉左衛門宅」となる。 |
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は、楽焼といえば、素人などが作る低温度で焼いた陶器というイメージを持っていた。

