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「道元禅師の示寂聖地」の西、西洞院高辻の東北角に菅大臣天満宮が鎮座していた。 この地は、仏光寺通り(高辻通りの一本北の通り)を中心に南北2町、東西1町が菅原道真(845〜903)の白梅 殿という邸や菅家廊下といわれた学問所の址で、「東風吹かば にほひおこせよ梅の花 主なしとて 春 なわすれそ」と詠まれた飛梅の地であるそうだ。 神社は道真没後間もなく創立されたが、度々兵火に罹り、鎌倉時代には南北両社に分かれ、天神御所白梅 殿社、北社を紅梅殿社と呼んでいた。 応仁の乱後衰退したが、慶長19年(1614)菅原家ゆかりの曼殊院宮良恕法親王により再興され、今日に至っ ている。 この間天明の大火、元治の兵乱で再度焼失するが、現本殿は、天保6年(1835)造立の三間社流造という下 鴨神社の本殿を明治2年(1869)移築し、その後幣殿を建立したいわゆる八棟造をなしているとのこと。 祭神:菅原道真 尼神 大己貴命(オオナムチノミコト) |
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2014年02月11日
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