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昼から上野恩賜公園内を散策した。 上野公園と言えば、JR上野駅近くに建つ西郷隆盛像に挨拶してから園内をぶらついた。 今まで気が付かなかったのだが、公園内には、西郷さんの銅像以外にも銅像があった。 これらをここで紹介しておこう。 公園のほぼ中央を南北に通る「さくら通り」を国立博物館に向かって歩いていると左手に建っていた。 明治45年(1912)2月建てられた。 彰仁(アキヒト)親王は伏見宮邦家親王の第8王子。 明治10年(1877)西南戦争の救護団体として博愛社が創立されると、総長に就任。 明治20年(1887)博愛社が日本赤十字社に改名すると、総裁として赤十字活動の発展に貢献した。 明治36年(1903)58歳で没。 大噴水の東側(国立博物館に向かって右手)の木々の中に建っていた。 昭和26年(1951)3月建てられた。 台座にはラテン語で「PRO BONO HUMANIGENERIS(人類の幸福のために)」と刻まれている。 野口英世:明治9年(1876)〜昭和3年(1928) 業績等については野口英世青春通りで記したので略す。 大噴水の西側(国立博物館に向かって左手)の木々の中に建っていた。 上野恩賜公園開園百年(1973)を記念して建てられた ボードワンはオランダ一等軍医。 医学講師として文久2年(1862)から明治4年(1871)まで滞日した。 寛永寺境内だった上野山を上野戦争で荒廃したのを機に、大学付属病院建設の計画が進められたが、ボードワンは優れた自然が失われるのを惜しんで、政府に公園造りを提言し、明治6年(1873)日本初めての公園が誕生した。 案内図 |
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