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4月下旬学生時代の友人KとTと の3人は、郡山在住のSの案内で会津若松を訪れた。飯盛山に次いで、鶴ヶ城を訪れた。 市内どこでも桜は満開であったが、鶴ヶ城でも最高の満開であった。 そのため、駐車場には大型バスが何台も並び、平日に関わらず多くの見物客が訪れていた。 椿坂から入る。 天守閣の石垣下を通り、表門を潜り本丸に入った。 天守閣の最上階展望台から周囲の風景を眺め、その後は本丸の周りをまわりながら花見をした。 会津戊辰戦争後の鶴ヶ城の建物は、明治7年(1874)取り壊された。 現在目にする白亜の天守閣を始め、千飯櫓、南走長屋、表門(鉄門)は第二次大戦後再建されたものだが、 なかなか重厚感のある城郭だった。 表門(鉄門) 平成12年(2000)再建 北向きの多門櫓城門、扉や柱が鉄で包まれていたから鉄門とよばれた。 天守閣 昭和40年(1965)再建 各層は会津を知る博物館、最上階は四方が見渡せる展望台となっている。
天守閣最上階からの眺望
眼下に、平成12年(2000)復元された千飯櫓、南走長屋、表門などが眺められる
天守閣最上階からの眺望
眼下に本丸跡の芝生広場が広がる。その中央先端に千利休の次男・小庵が造った茶室「麟閣」ある。 戊辰戦争で奇蹟的に兵火を免れ、その後茶人森川善兵衛宅に移されていたものを平成2年(1990)再び元の場所に移設したものだ。 残念ながら、修理工事中で素屋根に覆われていた。 |
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2014年05月10日
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の3人は、郡山在住のSの案内で会津若松を訪れた。

