ぶらりぶらり見て歩記

最初の目論見とは異なり、最近は寺社巡りが主になりました(^o^)

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NHK大河ドラマ「花燃ゆ」で伊藤利助(後、俊輔、博文)は劇団ひとりが演じている。

ナレタ―が「この男が初代総理大臣になる」と繰り返し説明していた。

松陰神社と玉木文之進旧宅(松下村塾発祥の処)の間をほんの少し南に行ったところに、伊藤利助青年が松

下村塾に通っていた頃の旧宅と明治の顕官絶頂にあった明治40年(1907)建てた(移築ではあるが)別邸があ

るので寄ってみた。


イメージ 1 伊藤博文像
昭和5年(1930)10月建碑
伊藤博文(利助、俊輔)略歴
天保12年(1841)熊毛郡束荷村(現在の山口県光市)で生まれる。幼名:利助
安政元年(1854)伊藤姓を名乗る
安政4年(1857)松下村塾入塾
安政6年(1859)桂小五郎と共に江戸に行く
万延元年(1860)この頃より俊輔と名乗る
文久2年(1862)高杉晋作らとイギリス公使館焼き討ちに参加
文久3年(1863)井上馨らと英国留学
元治元年(1864)高杉晋作と共に挙兵
明治元年(1868)兵庫県知事となる。この頃より博文と名乗る。
明治4年(1871)岩倉遣外使節団の副使として欧米を歴訪
明治18年(1885)初代内閣総理大臣
明治28年(1895)日清講和条約全権
明治33年(1900)立憲政友会創立、総裁
明治38年(1905)初代韓国総監
明治40年(1907)公爵
明治42年(1909)10月26日ハルピン駅頭で死去




イメージ 2 伊藤博文旧宅門前
もと萩藩中間伊藤直右衛門の居宅だった。
安政元年(1854)1月利助(博文)の父十蔵が一家をあげて伊藤家に入家した。
安政4年(1857)17歳の伊藤利助は松下村塾に入り吉田松陰に学んだ。


イメージ 3 伊藤博文旧宅
萱葺平屋建て、総建坪29坪 他に風呂場、便所が付いている。





イメージ 4

                              伊藤博文別邸
伊藤博文が明治40年(1907)東京府荏原郡大井村東京都品川区()に建てた別邸の一部(玄関、大広間、離れ座敷)を平成10年(1998)8月移築したもの。
平成13年(2001)から公開



イメージ 5 伊藤博文別邸
庭に天皇から下賜された石燈籠が置かれている



イメージ 6 離れ2階座敷

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